台風から逸脱した雲域

図4は、8月5日9時の地上天気図と気象衛星画像(赤外)である。前線が北海道を南北に貫いている。前線のキンク(折れ曲がり)はなくなり、全体として緩やかなS字カーブの前線が描かれている。変曲点(曲率が変化するところ)は北海道北部付近にあり、それより北が温暖前線、南が寒冷前線である。温暖前線は12時間前より西進しており、寒冷前線は東進している。前線の全体が、変曲点を支点として、反時計回りに回転運動をしていることがわかる。台風第12号の中心は関東の東海上にまで北上した。12時間前からの移動方向は北北西で、転向(北東に向きを変えること)する兆しは見られない。

画像を拡大 図4.1981年8月5日9時の地上天気図(左)と気象衛星赤外画像 (右)。衛星画像に記入した黄×印は台風の中心位置を示す。A、Bについては本文参照

図4の気象衛星画像では、前線の雲帯が関東付近で消えかかっている。温帯へ侵入した台風の中心の西側は、下降流が卓越し、前線が不明瞭になる場所である。それに対し、北海道から北では前線の雲帯が拡大し、白さを増している。これは、北海道付近が温帯低気圧の発達場になっていることを示す。実際、図3と図4の地上天気図を比較すると、北海道付近で気圧の低下が著しい。

図3の気象衛星画像で見られた台風第12号に伴う雲域について、その後の変化を図4の気象衛星画像で確認する。図3で台風の領域から逸脱して北海道の太平洋側に接近した雲域(B)は、図4では北海道を通過して前線の雲帯と混然一体となった。また、コンマの頭の雲域(A)が、台風中心の北上に伴い、台風中心の後ろ(南)側を反時計回りに回り込んで、三陸のはるか東海上へ進んだことを見逃すわけにはいかない。

図5は、8月5日21時の地上天気図と気象衛星画像(赤外)である。前線は北海道北部付近を支点としてさらに反時計回りに回転し、北海道付近では北北西~南南東の走向になった。台風第12号は、スピードを速めながら北上し、中心が釧路沖に達した。また、最大風速が気象庁風力階級の10(毎秒25~28メートル)となり、天気図上での表示がSTS(シビア・トロピカル・ストーム)に格上げされた。

画像を拡大 図 5.1981年8月5日21時の地上天気図(左)と気象衛星赤外画像 (右)。衛星画像に記入した黄×印は台風の中心位置を示す。Aについては本文参照

図5の気象衛星画像では、前線の雲帯が、北海道からシベリアにかけての雲域と、関東の東から南西諸島にかけての部分とに分かれている。「なべ底型」の台風第12号に伴う雲域で、元はコンマの頭を形成していた雲域(A)は、北上する台風中心の後ろ(南)側から東側を回り、釧路の南東海上を北西進している。この後、雲域(A)は北海道東部に多量の降水をもたらした。

こうして、前線の雲帯と台風の雲域の接合・合体、温帯低気圧の発達場の形成、台風から逸脱した雲域により、北海道の豪雨は8月5日と6日も降り続いた。5日の日降水量は、十勝管内上札内(かみさつない)村で326ミリメートルに達した。これは、現在でも、同地点における日降水量の極値となっている。また、知床半島の斜里(しゃり)町宇登呂(うとろ)では、5日の日降水量が241ミリメートル、6日の日降水量が184ミリメートルに達し、それぞれ同地点における歴代1位と2位の記録となっている。