2021/11/22
東京2020大会の遺産
特別寄稿
東京2020大会で企業が学ぶべきこと
ニュートン・コンサルティング株式会社
代表取締役社長
副島一也
私は2012年のロンドン、2016年のリオ、2018年の平昌と過去3回のオリンピックの危機管理の取材でリスク対策.comの中澤幸介氏に同行させていただきました。これまで当社では国内外で約1700にのぼる企業や政府・自治体のリスクマネジメント活動を支援しておりますが、五輪のような大規模イベントにおけるリスクマネジメントは、スケールもレベルも企業単体とは全く異なります。
しかし、その本質は、企業であっても五輪のような大規模イベントであっても全く変わらず、それぞれの国の風土、文化、経済情勢、治安、あるいは今回の新型コロナウイルスのような既に危機的な状況のもとで安全・安心な大会運営に向けリスクマネジメントを機能させていく過程は、あたかも企業が大きな目標に向かってリスクマネジメント活動を行う姿と重ねることができます。
東京2020大会では実際に日本政府、東京都、組織委員会、企業など直接的・間接的に危機管理に関わるさまざまな皆様をお手伝いさせていただきましたが、これからの企業やあらゆる組織のリスクマネジメントを考える上で、日本が今回のオリンピック開催で得たものは何だったのかを明らかにしていきたいと思います。
堅調な成果を上げたリスクマネジメント
本来、オリンピックのような大規模イベントにおけるリスクマネジメントは安心・安全なイベント運営を行うために実施されるべきものであるはずですが、日本においては、ややもすればリスクマネジメント自体が目的になりかねないと感じることがあります。しかしながら、今回の東京2020大会におけるリスクマネジメントは、否定的な評価があることも承知していますが、結果的には日本のリスクマネジメントを進化させるきっかけになったのではないかと考えています。
その理由は、一言でいうなら、五輪という世界最大のイベントで蓄積されてきた経験と知見に裏付けされたリスクマネジメントの枠組みとその限界によって「日本は変わらざるを得なかった」ということではないかと思います。
誰が最終意思決定者だったのか?
リスクマネジメントの実践にあたっては、トップマネジメントの果たす役割が重要になります。しかしながら、利権や立場が複雑に絡み合うオリンピック・パラリンピックの運営では、誰がトップで最終意思決定者なのかは非常にわかりにくいと感じます。
例えば、マラソン競技の開催地が東京から札幌に移された際に「やっぱり最終意思決定者はIOCなのか」と思い知らされました。ですが、開催地の変更はIOCの危機管理の範疇で冷静に考えれば驚くような話ではありません。それゆえ五輪のリスクマネジメントは、その進め方や枠組みが明確にガイドブックに記され、IOCの意思決定のもと、どの国でも同じように安全・安心な大会が開催される仕組みが長い歴史の中で構築されてきました。
一方、コロナ禍においては、危機管理の一番の対象は日本国民となり、その責任を担える当事者は日本政府しかありませんでした。こうなると、IOCがどうしたいかということだけでは決められません。過去IOCにも一度も経験がない「大会の延期」を決める当事者として、IOCより日本政府が前面に出ざるを得なくなったのです。
大会延期の決定以降、日本政府はコロナ禍における東京2020大会開催のリーダーとして力強く動き出したと感じました。まさに、IOCのリスクマネジメントの限界により、日本が主体的に動き出した瞬間でした。
平和な日本において混乱を極めた危機対応
ところが、一部の閉鎖的な取り組みは、国際的な枠組みどころか、国内においても疑惑がもたれるような大きな課題を生み出しました。
日本の社会は基本的に平和で秩序が保たれています。人々は縄張りを守り合い、組織内では縦・横の強固な壁を立てそれぞれの密室で物事を決定していきます。その結果、許されない問題が噴出し続けました。
具体的には下記の通りです。
・国立競技場建て替え
・エンブレム選定
・招致における贈収賄疑惑
・組織委員会会長交代
・クリエーター問題による直前まで難航した式典実施対応
よくもまあこれだけのことが起こり続けたものだと思います。閉ざされた密室の組織内ではリスクマネジメントは機能しません。そのことは、企業でも改めて考えるべき点です。
結果として、世界中にその状況をオープンにしながら意思決定がされていくこととなりましたが、ステークホルダーから何が期待されているのか、どう説明責任が果たせるのかは、最も重要な課題と言うことができるでしょう。
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