2022/01/04
Joint Seminar減災2021 第3回シンポジウム
国立研究開発法人防災科学技術研究所理事長の林春男氏と、関西大学社会安全センターセンター長の河田惠昭氏が代表を務める防災研究会「Joint Seminar減災」(事務局:兵庫県立大学環境人間学部教授 木村玲欧氏)の2021年第3回研究会が10月29日に開催され、東北大学災害科学国際研究所所長・教授の今村文彦氏が講演した。4回に分けて講演内容を紹介する。初回は、東日本大震災で津波を引き起こしたメカニズムについて。

■東北地方での過去の地震と津波
東北地方は地震・津波の常襲地帯です。日本海溝に太平洋プレートが沈み込んでいて、そこで地震・津波が繰り返し発生しています。古文書などの情報から、過去の地震・津波の発生状況は一定程度分かってきました。南海トラフより歴史記録が残っていないので、確実なのは1600年以降、伊達政宗が伊達藩をつくったあたりからの記録だと思います。それによると、図表1の緑のエリアでは過去5回、マグニチュード8クラスの地震が起きています。その1つが明治三陸地震です。黒いエリアでは1611年の慶長三陸地震と1933年の昭和三陸地震が起きていて、非常にインターバルが空いているので歪みエネルギーが蓄積され、2つともマグニチュード8.2以上と推定されています。

2011年の前にわれわれの想定のターゲットだったのが宮城県沖です。過去400年間で11回の地震があったということで、平均間隔が短い分、マグニチュードは小さいのですが、最後に起きたのが1978年だったので、2010年、2011年あたりはいつ起きてもおかしくありませんでした。地震調査委員会からも30年以内に地震が発生する確率が99%という評価が出て、各地で防災の取り組みが行われました。青いところも連動するということでマグニチュード8クラスの地震も想定に入っていました。
しかし、実際に2011年に起きた地震の震源域は、赤い点線で示したとおり、4つの固有地震のエリアを含み、かつ福島まで延長しました。東西200キロメートル、南北500キロメートル、マグニチュード9で、東北の歴史だけでなく日本の歴史で最大の地震となってしまいました。
図表2の赤い×印が震源です。いかなる大きな地震であっても発生はポイントになります。宮城沖で発生した破壊が北と南に500キロメートル進み、地震規模は今世紀では世界で4番目となるマグニチュード9で、わが国では最大・最悪の震災となりました。発災当時から余震が非常に活発でしたが、この活動は現在も続いています。

■津波の分析
地震の後に起きたのが津波です。気象庁は地震発生から3分後に津波警報を出しました。3分後というのは、まだ揺れが収まっていない状況です。それを受けて各自治体は避難指示等を発令しました。三陸沿岸部は地震が発生した場所から少し離れているので、20~30分後に津波が到達しました。予想到達時間とほぼ同じです。当時のさまざまな映像や記録が残されていますが、代表的なものが図表3の左下の写真だと思います。宮古市役所から撮った写真で、閉伊川の河口から津波の第1波が逆流してきた様子です。堤防を越えたときの津波のパワー、破壊力が伝わります。津波の色は真っ黒でした。沖合で発生した津波は引き波から始まり、押し波となって30分後には沿岸部に来襲し、複雑な湾の奥で津波が増幅しました。図表4の赤いポイントが福島第一原子力発電所で、津波が高さ10メートルの壁となって来襲しました。1時間後には仙台湾の中にも入っていきました。膨大なパワーを持った津波が陸地に入っていきましたが、その後は引いていきます。低い方向の海域に戻っていくわけです。それが戻り流れとなり、また違う地域を襲っていきます。遡上し、入射し、それがまた反射するということが繰り返されます。このような津波の振動が約2日間続きました。


図表5は当時の津波警報の推移です。第1報は宮城が6メートル、岩手・福島が3メートルという内容でした。マグニチュード7.9というのは当時の気象庁の推定地震規模です。実際はマグニチュード9ですから、約1違うということは、エネルギーとして30倍以上であり、恐らく100倍近い過小評価になってしまったと思います。2回目の強振動は1回目の1分後に発生し、しかも地震発生から3分ではまだ揺れが収束していませんでした。従来の規模の地震は、最初の揺れでマグニチュードが推定され、従来はそれでかなり正確に推定できていましたが、当時は多段階で発生したため、最初の揺れだけで推定した結果が即、津波波高の過小評価につながってしまいました。場所はほぼ正しかったので、到達時間に関しては大きな誤差がありませんでしたが、高さに関しては実際の10分の1以下で推定された地域もありました。

第1報から20分余りが経過した15時14分に出た警報では、津波の高さが変わりました。GPS波浪計というシステムが稼動していて、リアルタイムで津波そのものを観測したのです。5時過ぎに沖合のブイが小さな引き波の後に6メートルの大きな押し波を観測しました。津波は岸に近づくにつれてだんだん大きくなる性質があり、三陸沿岸部では2~3倍になると推定されています。つまり、6メートルの3倍で18メートルの津波が来るということです。この実態を把握した気象庁はすぐに推定の波高を変えました。その後も観測・解析が進み、15時30分、16時8分と、警報が出るたびに正確な津波の高さになっていきました。そのうちにマグニチュードも遠くの地震波を使って正確な数字になっていきました。
災害情報において共通に言えることですが、現象が起こった直後の情報は量が少なく、かつ誤差が大きいため信頼性や精度が悪いです。その後、観測や解析が進み、だんだん精度が高くなりますが、その頃には既に災害が起こってしまっているエリアがあります。これを災害情報の「トレードオフ」といいます。いち早く正確な情報を捉えることはなかなか難しいので、われわれはトレードオフがあることを踏まえて行動を取っていく必要があると思います。気象庁はこの実態を踏まえ、今後発生する巨大な地震の場合は津波の来襲までに正確な解析(予測)が間に合わないので、現在は第1報で定量的な情報を出さないという対応を取っています。もちろんその後に定量的な情報は出てきますが、南海トラフ地震などの場合は、第1報が出たときには既に第1波が来ています。災害情報の活用はとても重要ですが、その難しさも改めて感じるところです。
図表6は、当時の津波の痕跡高の分布です。土木学会や合同チームの人が東北を中心に高さの変化を調べました。宮古付近では40メートル、女川付近でも同規模です。赤い丸が福島第一原子力発電所で、サイトでは17メートルが代表的な数字ですが、その周辺では20メートルを超えています。震源域の近くの津波の高さはこれだけ大きいということが分かると思います。それとは対照的に、青森の下北半島や関東の房総を越えると痕跡高の規模は小さくなります。つまり、津波のエネルギーは特に三陸沿岸や福島の方向と、その逆方向の太平洋の方向に伝播し、一方で南北方向への伝播は比較的小さかったために、北海道あたりの津波の高さは小さく抑えられているということです。このような津波の指向性がこの記録から分かると思います。

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