株式会社共同通信デジタル リスク対策総合研究所長・小島俊郎氏

新型コロナウイルスによるパンデミックだけでなく、米国のアフガニスタン撤退やロシアのウクライナ侵略、台湾海峡や朝鮮半島の問題と、世界情勢は激動の時代。従業員と家族の安全を確保するため、危機管理の担当者には「より早く危険性を察知する能力」が求められる。一筋縄にはいかないこの能力の育成に「共同通信 海外リスク情報」は適している。本連載では、その活用のポイントを事例を中心に紹介する。初回は「海外リスク情報」の適切な活用方法のポイントについて、株式会社共同通信デジタルでリスク対策総合研究所長を務める小島俊郎氏に聞いた。

新型コロナウイルスの裏側で危機感高まる海外テロリスク

小島氏は「ロシアのウクライナ侵攻や新型コロナウイルスのニュースばかりが注目され、他のリスクが見落とされている。グローバルに見ると重大な関心を持って注視すべき出来事が起きており、その数は少なくない」と話す。同氏は2014年まで在籍していた日立製作所で社長室とリスク対策部で部長を務め、日立グループ20万人以上の従業員と、その家族の安全確保を最重要課題とし、計35年間危機管理に取り組んできた。

 「米軍は今年に入って、アルカイダやイスラム国の指導者や最高幹部を含む5人を殺害した。近年、邦人を巻き込んだテロが目立たないため、テロの脅威は遠のいている印象を与える。しかし、組織が黙っているとは思えない。ネットで感化されたローンオフェンダーが単独で行動を起こす可能性もある。クリスマスなどの年末年始イベントも迫っている。危機感を高めたほうがいい」と続ける。

邦人が被害に遭った主な海外テロ事件に限っても、2000年以降で40件を超える。発生地は中東に限らず北米や南米、欧州、アジア、アフリカの各国。邦人の被害はないオ―ストラリアでも、テロ計画などの容疑で毎年のように複数人の逮捕者が出ている。現在、海外の永住者・長期滞在者は130万人以上。年間の海外渡航者はコロナ禍前には2千万人を超えていた。今後、感染が下火になり人流が回復すれば、企業関係者の動きも活発になる。危機管理担当者は、海外の従業員と家族を守るために危機に敏感でなければいけない。

小島氏は1998年のジャカルタ暴動で、日本政府の退避勧告よりも早く、145人の日立グループの社員と家族を脱出させた人物だ。アジア通貨危機を引き金にインドネシアのスハルト大統領の独裁政権への不満が爆発し、多くの犠牲者を出した。暴動の発端は、1998年5月12日に首都ジャカルタのトリサクティ大学で行われたデモに対するインドネシア軍による実弾の発砲だった。小島氏は学生6人が亡くなったこの発砲の段階で、「軍の統制が取れていない」と判断、国外退避を決めた。「日々の報道を注視していると、軍部の動き次第で情勢が大きく変化する、予断を許さない状況だと思わざるを得なかった」と振り返る。日本政府が退避勧告を出したのは、日立グループが動いてから4日後。約9千人の邦人が臨時便やチャーター便などでインドネシアから退避した。

このような危機察知力は効率よく学べるものではなく「毎日報道されている情報に接することでしか、身につかない」と小島氏は言う。“暗黙知”と呼ばれ、鋭い勘のような経験的にしか獲得できない能力だ。

情報には確かな「信頼性」と素早い「速報性」が不可欠

危機察知力を養うために有効と小島氏が勧めるのが、「共同通信 海外リスク情報」の活用だ。約50カ所の海外拠点をもつ共同通信社と世界の報道をリードするAP(米国)やロイター(英国)、新華社通信(中国)、聯合ニュース(韓国)など全世界の主要メディアから発信される情報は、一日およそ3千本にのぼる。その中から重大な事件・事故、自然災害、環境、テロ、疾病などの情報を選び抜いて速報配信している。

国やエリア、事案別に検索できるのはもとより、関心のある地域や分野の情報に絞った情報収集も可能。昨今はTwitterのようなSNSの情報が速報性で注目されるが、「SNSにはない重厚な信頼性と、SNSにも劣らない速報性がある」と小島氏は説明する。「記事を執筆しているのは、経験や知見を積み重ねてきた優秀な記者たち。コンテンツは偶然、接触した情報ではなく、一次情報などを起点として懸命な取材活動に邁進することで獲得した情報が基本。配信記事の選定も、長年の記者経験を有する共同通信社のプロが行う。1日に4回の定時配信だけではなく、速報メールも提供している。これは外務省や国内メディアが受け取るのと同じタイミングで送られるため、有事の即応に生かせることが少なくない」

現代はAIのようなテクノロジーの発達で、これまでは考えられないレベルの高度な偽情報もつくられてしまう。小島氏は「バイデン大統領やゼレンスキー大統領が、声まで加工されて本当に話しているようなディープフェイク動画が作成され、瞬く間に世界中に拡散され得る時代。情報の誤った扱いは、人の生命に関わる。だからこそ、情報を正しく見極めることが極めて重要」と話す。