海外リスク情報に日々接し、危機に対して敏感になる

小島氏が所属した日立製作所にリスク対策部が設置されたのは、湾岸戦争がきっかけだ。1990年8月2日、イラクが隣国のクウェート侵攻を開始。首都を制圧し、サダム・フセイン大統領はイラクのクウェート併合を宣言した。クウェートに滞在していた外国人は人質として拘束され、イラクに移ってから政府機関や軍事施設、石油施設などに「人間の盾」として監禁された。約200名の日本人も含まれ、日立グループの社員も20人以上が巻き込まれた。拘束期間は最長で約4カ月。12月に全ての人質が解放されると翌年1月、米国を中心とした多国籍軍がイラクへの攻撃を開始した。

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当時、社長室で早くから危機管理にあたっていた小島氏は、湾岸戦争後に新設されたリスク対策部へ配属。以降、2014年に退社するまで同部で危機管理の取り組みを継続した。2001年の米国同時多発テロや2003年のSARS流行とイラク戦争、2004年のスマトラ沖地震、2008年のムンバイ同時多発テロ、2009年の新型インフルエンザの流行、2010年のタイ騒乱、2012年の中国抗日運動ほか、社会の耳目を集める数多くの事案に対応してきた。どの事案でも日立グループで活用していたのが、「共同通信 海外リスク情報」だった。日頃から海外の情報に接する機会を増やすために、イントラネットで外務省の海外安全情報とともに「海外リスク情報」を掲示した。小島氏の危機察知能力も、こういった環境で磨かれたと言えよう。

一方で小島氏は「情報を受動的に眺めるだけではもったいない。情勢の流れや事案との関連性を考慮するためには、自社事情を踏まえて情報をより使い易く工夫すると良い」とも語る。日立グループでは、海外リスク情報を①治安・事件・事故  ②政治・経済・労働  ③自然災害、環境、疾病、④誘拐・人質  ⑤航空機 ⑥自動車、列車 の6つに分類すると同時に、全件を時系列に「最新情報」とする一方、「国別・地域別」に整理していた。

トップを納得させる資料として使える海外リスク情報

あらゆる分野の企業危機管理において、人身に係るトラブルもなくビジネスが計画通りに無事完遂できたとしても、対策が奏功したのか、無関係だったのか分からないという難しさが伴うのが現実。加えて、対策には予算や手間暇がかかるものであり、できる限りトップの方針として実施することが求められる。つまり、リスク担当者は当該ビジネスについて、取り巻く環境とリスクをトップに正しく伝えて、リスク対策について納得させる必要があり、そのためにも十分なエビデンス(証拠、根拠)となる情報が必要となる。

外務省や主要国の政府情報、調査会社などの情報も、「海外リスク情報」のファクトがあってこそ使える、と言っても過言ではない。実際に小島氏は、事業開始に向けた事前調査のため、イラクやシリア、リビアなどにも足を運んでいる。「仕事場となる国がハイリスクでも、企業が従業員の派遣を検討することがある。インフラなどその国の死活問題につながる事業であれば、簡単に判断はできない。もちろん、派遣が不可能なケースもある。従業員の安全を確保しつつ、ときには諦めずにビジネスに挑む体制を整える。『海外リスク情報』は、さまざまな難題に取り組む危機管理担当者を支える役割も担っている。是非、うまく活用してほしい」