リスクコンサルティング事業本部 ERM部 主任コンサルタント 横山 歩
リスクコンサルティング事業本部 ERM部 稲葉 八重子

はじめに


大型連休が明けた2013年5月初旬ごろから、新種コロナウイルス(nCoV)(※1) の感染拡大が深刻化している。コロナウイルスは、2003年に中国を中心に世界的に流行した「重症急性呼吸器症候群(SARS)」ウイルスに類似しており、5月15日までに40人の感染者が確認され、死者は20人に上る。症例の大半がサウジアラビアで確認されており、このほか、カタール、ヨルダン、アラブ首長国連邦(UAE)、英国およびフランスで数人ずつ確認されている。

ウイルス感染の仕組みはまだ解明されていないが、サウジアラビアでは、2013年4月中旬から5月にかけて東部州アフサーで感染が相次ぎ、短期間で21人の感染者が確認され、うち9人が死亡した。一方、フランスでは、5月12日に2人目の感染を確認した。この感染者は同8日に発表された最初の感染者と同じ病室に入院していたこともあり、世界保健機関(WHO)はヒトからヒトへ感染する可能性が高いと警告している。

本稿では、中東を中心に感染が拡大している新種コロナウイルスについて、その経緯を整理し、当該国や日本政府の対応について解説する。

1. 感染の状況


1.1. これまでの経緯
2012年9月23日、WHOは、腎不全と呼吸器疾患の症状を訴え英国の病院に入院していたカタール人男性(49歳)から、SARSウイルスと同じ種類のウイルスが見つかったと発表した。男性は同年9月3日に発症、11日に英国に緊急搬送されていた。英国健康保護局(HPA)(当時)(※2) がウイルスを検査したところ、このウイルスは、以前に死亡したサウジサアラビア人(60歳)の肺組織から検出されたウイルスとほぼ同一(99.5%)の遺伝子配列を持っていることがわかった(※3) 。カタール人男性にはサウジアラビアへの渡航歴があったが、WHOは、この時点ではウイルスがヒトからヒトへ伝播する根拠はないとし、渡航制限なども出さなかった(※4) 。

しかし、同年11月23日、新たにサウジアラビアで3人、カタールで1人の感染がWHOから公表された。このうち、サウジアラビアで確認された2人の感染者は同居の家族で、1人が死亡、1人は回復した。また、同じく11月には、2012年4月にヨルダンですでに2人が死亡していたことが発表された。これは、サウジアラビアで新種ウイルスが発見されたことを受け、ヨルダン保健省が同国で重症肺炎により死亡した2人から採取した検体を米海軍医学研究部隊に送付し、検査を要請したため、過去にさかのぼって感染が確認されたものである。

 ※1 本稿では、厚生労働省検疫所の呼称に従い、「新種コロナウイルス」と表記する。
 ※2 英国健康保護局(HPA)は2013年4月1日付で新たに設立されたPublic Health England(PHE)に移管された。
 ※3  厚生労働省検疫所(FORTH)「英国で新たなコロナウイルス感染症が確認されました」(2012年9月24日)
http://www.forth.go.jp/topics/2012/09241011.html)参照。(アクセス日:2013年5月15日)
※4  FORTH「新種のコロナウイルス感染症について(更新2)」(2012年10月11日)(http://www.forth.go.jp/topics/2012/10111134.html)(アクセス日:2013年5月15日)以降、本稿で紹介する感染者数や死者数などについては、上記の更新情報を参照。

表 1 新種コロナウイルスの感染状況(※5)

概要

2012年

9月

カタール

サウジアラビア

 ・ カタール人男性(49歳) から新種のコロナウイルスを発見

 ・ 2012年9月以前に死亡したサウジアラビア人(60歳)からもほぼ同じウイルスを発見

11月

サウジアラビア

カタール

ヨルダン

 ・ サウジアラビアで4人(うち2人死亡)、カタールで1人の感染を確認

・ ヨルダンで2人の感染・死亡を確認

2013年

2月

英国

サウジアラビア

 ・ 英国で3人の感染を確認(うち1人はサウジアラビアに渡航歴あり)、うち1人死亡

 ・ サウジアラビアで新たに1人の感染・死亡を確認

3月

サウジアラビア

UAE

英国

 ・ サウジアラビアで新たに3人の感染を確認(うち男性2人(69歳と39歳)死亡)

 ・ アブダビからドイツに搬送されたアラブ首長国連邦(UAE)の男性(73歳)が死亡

 ・ 英国で治療を受けていた英国人感染者1人が死亡

5月

サウジアラビア

フランス

 ・ サウジアラビアで新たに21人の感染を確認(うち9人死亡)

 ・ フランスでは、4月にUAEを訪問し、帰国した男性1人の感染を確認、また、この男性と同じ病室に入院していた1人の感染を確認(計2人)


※5 厚生労働省検疫所(FORTH)およびWHO公表資料を基に当社作成(2013年5月16日時点)

1.2. 最近の動向

2013年に入り、2月に英国で3人の感染が報告された。最初の感染者はサウジアラビアへの渡航歴があったものの、この患者の親族である2人には海外渡航歴がなく、英国内で感染したとみられる(※6)。このころから、保健当局関係者らの間でヒトからヒトへの感染の可能性が指摘されるようになり、WHOの協力の下、感染者との濃厚接触者(家族や医療従事者など)全員の経過観察が厳しく行われるようになった。同月には、サウジアラビアでも新たに1人の死亡が確認され、3 月には、サウジアラビアで3人(うち2人死亡)、UAEで1人(緊急搬送先のドイツで死亡)の感染が確認された。

さらに5月以降、感染が急速に拡大し、同2日にはサウジアラビアで7人(うち5人死亡)の感染が確認され、同国では15日までに21人の感染が確認された。さらに、フランスでは同8日に初の感染者が確認され、その4日後には、感染者と同じ病室に入院していた1人の感染が報告された。この事態を重く受け止めた各国の保健当局は感染拡大の可能性を懸念し、注意を促している。

※6 UK Health Protection Agency (HPA), “Update on Family Cluster of Novel Coronavirus Infection in the UK,” February 19, 2013.(http://www.hpa.org.uk/NewsCentre/NationalPressReleases/2013PressReleases/120319Updateoffamilyclusterofnovelcoronavirus/)(アクセス日:2013年5月15日)

 
 
2. 新種コロナウイルスについて

2.1. コロナウイルスとは
コロナウイルスは、2003年に世界で猛威を振るったSARSを引き起こすウイルスと類似するウイルスである。新種コロナウイルスは、文字通り新しい種類のウイルスで、これまでに確認された症例には、発熱や咳、息切れ、呼吸困難などを伴う急性の呼吸器症状に陥るという共通点があり、多くの場合が肺炎を引き起こす。

深刻な感染症を引き起こし、重篤患者が死亡に至る点はSARSと類似している一方、SARS ウイルスの方がより感染力が高いといわれている。しかし、自然界におけるウイルスの存在場所や感染経路などについては、2012年からWHOで調査が続けられているものの詳細は解明されておらず、現在のところ、ワクチンも開発されていない(※7) 。

2.2. WHOの見解
新種コロナウイルスの出現以来、WHOは各国の保健当局や保健に関する専門機関に対し、SARSのサーベイランス(動向調査)強化についての指導をはじめ、感染に関する最新の情報提供を行っている。

現在までに実施された感染者の検査・診断では、英国(n=2)、サウジアラビア(n=1)、ヨルダン(n=1)、ドイツ(n=1)の分離ウイルス計5株の培養が行われ、遺伝子配列が公開されている。2013年5月に集団発生してからの配列情報はまだ確認できていないが、これまでのWHOによる解析では、培養された5株の間に遺伝子配列の高い相同性がみられ、コウモリ由来のウイルスとある程度類似していることが判明している。しかし、コウモリやその排泄物への直接的な曝露が感染の原因であると特定されたわけではなく、新種コロナウイルスの発症前に動物と接触していた感染者も少数であるという(※9) 。

一方、サウジアラビア、特に東部州アフサーでの集団感染を受け、WHOの関係者もウイルスのヒトからヒトへの感染に対する懸念を表明しているが、2013年5月17日現在、新種コロナウイルスがヒトからヒトへ感染するという正式な見解は示していない。WHOは、引き続き状況を注視するとしており、入国時の特別なスクリーニングや渡航・貿易に対する制限も現時点ではしていない。

※7  国立感染症研究所(NIID)「新型コロナウイルスに関するよくあるご質問」(2012年12月3日)(http://www.nih.go.jp/niid/ja/diseases/ka/hcov-emc/2186-idsc/2994-faq-corona-20121203.html)(アクセス日:2013年5月16日)
※8  UK Public Health England (PHE), “Novel Coronavirus: Update 13 May 2013.
https://www.gov.uk/government/news/novel-coronavirus-update-13-may-2013)(アクセス日:2013年5月16日)
 ※9 NIID「新型コロナウイルス(nCoV)の概要と文献に関する更新」(2013年5月8日)
http://www.nih.go.jp/niid/ja/diseases/ka/hcov-emc/2186-idsc/3531-literature0508.html)(アクセス日:2013年5月16日)

3. 各国の対応


3.1. 日本政府の対応
厚生労働省検疫所は、2012年9月に新種コロナウイルスの最初の感染者が確認された直後から感染の最新状況を随時更新するとともに、感染疑いのある症例について情報提供を呼びかけている。また、外務省は、2013年5月14日付で新種コロナウイルスの拡大感染に関する広域情報を発出し、コロナウイルスは飛沫や接触によって感染するとして、これまで感染が確認された中東および欧州に渡航または滞在予定のある邦人に対し、注意を喚起した(※10) 。

3.2. 諸外国の対応
新種コロナウイルスへの感染者がこれまで最も多く確認されたサウジアラビアでは、政府が1ヶ所の医療機関について感染拡大の傾向に関する調査を継続しているものの、有用な結果はまだ得られていない。中東では、サウジアラビア以外にも、カタール、ヨルダンおよびUAEで感染者が確認されており、周辺国でも警戒が強まっている。クウェート当局は、2013年5月14日、新種コロナウイルスを「伝染の危険が高い疾病(a dangerous communicable disease)」と定義し、感染防止のためのガイドラインを改訂、医師に対し、感染の兆候を確認した場合は感染者の隔離や当局への報告など迅速な対応を促した(※11) 。

また、同15日にサウジアラビアで感染が確認された2人は医療従事者で、新種コロナウイルスの感染者と接触後に感染が確認された初のケースとなり、WHOは、感染者の治療を行う医療機関に対し、ほかの患者や医師らの感染リスクを減らすために適切な措置を講じるよう求めている。

一方、欧州でも、英国とフランスで感染が確認されているほか、ドイツでは新種コロナウイルスに感染したカタール人男性が一時治療を受けており、欧州疾病予防管理センター(ECDC)は2013年2月19日、新種コロナウイルスに関するリスク評価結果を早々に公開した(※12) 。英国保健当局は、同年1月18日にリスク評価(※13) に関する文書を公表し、国内の感染リスクは低いとしたものの、同年2月に相次いで感染が確認され、感染者2人が死亡したことを重く受け止め、注意喚起を頻繁に行うとしている。

 ※10  外務省(MOFA)「広域情報:新種のコロナウイルスの感染拡大について」(2013年5月14日)(http://www.forth.go.jp/topics/2012/12031041.html)(アクセス日:2013年5月15日)
 ※11  Arab Times, “Strict ‘Guidelines’on Viruses Issued,” May 14, 2013.(http://www.arabtimesonline.com/NewsDetails/tabid/96/smid/414/ArticleID/196223/reftab/36/Default.aspx)(アクセス日:2013年5月16日)
 ※12  European Centre for Disease Prevention and Control (ECDC), “Novel Coronavirus: ECDC Updates Its Risk Assessment,” February 19, 2013. (アクセス日:2013年5月16日)(http://www.ecdc.europa.eu/en/press/news/Lists/News/ECDC_DispForm.aspx?List=32e43ee8-e230-4424-a783-85742124029a&ID=847&RootFolder=%2Fen%2Fpress%2Fnews%2FLists%2FNews)(アクセス日:2013年5月16日)
 ※13  UK Health Protection Agency (HPA), “Risk Assessment Novel Coronavirus 2012,” January 18, 2013.(http://www.hpa.org.uk/webc/HPAwebFile/HPAweb_C/1317137939035)(アクセス日:2013年5月16日)

おわりに


新種コロナウイルスについては、まだ解明されていない部分が多く、ワクチンなどの有効な対処法は見つかっていない。前述のとおり、感染者が最も多く発生しているサウジアラビアでは、感染者の治療に当たった医療従事者への感染も確認されており、ヒトからヒトへの感染がさらに拡大することが懸念される。

感染拡大が加速すれば、中東や欧州のみならず、アジアへも影響が及ぶことが考えられるが、現時点では、WHOをはじめ、厚生労働省検疫所や外務省が発信する最新の情報を収集し、今後の動向を見極めることが最も重要である。また、ウイルスの特性が変異したとしても、感染症対策の基本は変わらない。新種コロナウイルスへの対処法が確立されるまでは、これまでSARSや新型インフルエンザなどの感染症対策として培ってきた感染予防策を周知徹底させることが、有効な対処法のひとつとなるであろう。

                                                                    [2013年5月17日発行]

【参考文献】
世界保健機関(WHO)(http://www.who.int/en/
厚生労働省検疫所(FORTH)「海外で健康に過ごすために」(http://www.forth.go.jp/index.html
国立感染症研究所(NIID)(http://www.nih.go.jp/niid/ja/
外務省海外安全ホームページ(http://www.anzen.mofa.go.jp/

【執筆者】
横山 歩
リスクコンサルティング事業本部 ERM部
主任コンサルタント
専門は全社的リスクマネジメント(ERM)、海外危機管理

稲葉 八重子
リスクコンサルティング事業本部 ERM部
専門は海外危機管理

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転載元:損保ジャパン日本興亜リスクマネジメント株式会社 損保ジャパン日本興亜RMレポート89

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