2024/02/03
令和6年能登半島地震
スピード支援を支えるもの
大きな目標を立て、そこに結びつく1%の成果を実施していく―。これが岩城流だ。
「大企業のやり方をしていたら人が死んでしまうので、ベンチャーのやり方でやる必要があると思いました。ブリック・アンド・モルタルと言われますが、要は、煉瓦とモルタルでとりあえず型枠を作ればいい。最初から精密な設計をするのではなく、とにかく簡単にできることをやって、あとは改善していきます」
岩城氏は大学時代に2年間、ベンチャー企業の立ち上げにかかわった経験を持つ。「当時のスピード感を体でまだ覚えていたのかもしれません」と岩城氏は語る。
ただし、思いつくものを手当たり次第にすべて行っているわけではない。スピードを維持して成果を上げていくには、活動を絞り込まざるをえない。当初は、「命を守ること以外はやらない」というルールを自らに課していたという。
「実は、被災地からバスで洗濯・温泉に行くサービスを提供しようともしたのですが、思いとどまりました。洗濯ができなくても、温泉に行かなくても、人は死にません。むしろ温泉に入浴中に心疾患などで亡くなってしまうリスクがあります」
誰よりも被災者のことを想い支援活動を続けながら、1つ1つの活動を冷静に分析する。
「私は被災地での炊き出しもやりません。炊き出しをすると、避難所の居心地がよくなり、避難所に留まってしまう。結果として感染症が広がったり、寒い中で我慢をしたりと体調悪化を招く。それよりも被災地の外に出てもらうことの方が重要だと私は考えます」
スピード支援を支えるもう1つの要素はネットワークだ。もともと顔が広く、地元にも知り合いが多いということもあるが、彼のネットワークは常に成長していく。SNSを通じて、彼が活動方針を打ち出すと、賛同する人々が即座に集まり、チームとして対応にあたる。
1月8日「東京で支援できる人は集まってください。東京で二次避難先の手配などをします」とFBで呼びかけると、30人以上が集まり、「相談班」「ホテル手配班」「運送手配班」など、手分けをして活動が展開された。
被災者と二次避難先のマッチングサイトの立ち上げも、システムを立ち上げる人、コールセンターの運用を考えてくる人と、活動が広がっていったという。
アリの一穴を開ける
「私のやっていることはすべてアリの一穴なんです。堤防にアリが一穴を開ければ、その穴は徐々に大きくなり、やがては堤防をも崩します。だから1%という成果を目標に掲げているのです。それが実現できれば、やがて大きな流れになるはず」。
そんな岩城氏が感じている最大の課題は、高齢者など要支援者の居場所がないことだ。二次避難先に避難させるにしても、見回りや介護の問題が残る。病院は、病気を患っていなければ引き受けてくれない。さらに福祉施設は平時から満床状態で、近県まで広げても引き受け施設はない。
「家族は何やってるんだって思うんです」と岩城氏はこぼす。
「僕のところに、ご家族から連絡がくるんです。ジジババがまだ避難所におる、どっか安全に避難させられる場所はないかってね。お前の家はどうなんだ、と聞くと、うちはちょっといる場所がないと言う。自分の父ちゃん、母ちゃんの命を救いたいという強い気持ちはあるが自分では何もできない。これが現実なんです。日本はその余裕を失ってるんです」
今、避難所にいる高齢者も8割ぐらいは家族がいるはずだと岩城氏は推測する。
「もちろん身寄りがないじいちゃん、ばぁちゃんは何とかしないといけません。将来的には、グループホーム型の仮設住宅などもできるかもしれません。でも、本当はご家族と一緒にいた方が、幸せだと思うのです」
白いキャンパスに未来の姿を描く

壊滅的ともいえる被害を受けた珠洲市の未来をどう考えるのか―。
「1年以内に能登の未来について、5000のビジョンを集めたいと考えています。5000は奥能登2市2町の総人口の約10%。まずは、アリの一穴で1%の500を集める。能登の市民の中に、能登に高層ビルやタワーマンションをつくりたい人はいないでしょう。きっと市民の皆さんが欲しいのは30年前に普通だった風景だと思うのです」
1980~1990年の珠洲。「大きな鉄筋の立派な建物もなければ、便利な都市型の施設もない。海と波があって、自然豊かで困らない程度に暮らせる」。移住したころから、岩城氏自身、そんな姿を求めてきた。
「地震があったからといって、私の想いは変わりません。大きな便利な施設も、すべて壊れた。白いキャンパスになったんです。ここにどんな絵を描くか。見方を変えたら大きなチャンスですよね。私の仲間も、言葉にはしませんが、そう思っています」
構想の実現に向けて、30人のイニシアティブを集めることも目標に掲げる。同じビジョンを共有する仲間が増えれば、新たなまちづくりが可能になる。岩城氏が先導する新たな復興計画はすでに動きだしている。
【1月29日】
アステナホールディングス株式会社代表取締役社長CEO。慶應義塾大学総合政策学部卒、アクセンチュア株式会社戦略事業部を経て、2005年4月に同社入社。上場子会社社長などを経て2017年2月から現職。産業・技術・社会のサステナビリティを高める、社会課題解決型の企業グループへの変革に取り組んでいる。
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