2025/01/17
阪神・淡路大震災30年の光と影
「阪神・淡路大震災1.17のつどい」が神戸市で開催

1月17日、神戸市中央区の東遊園地で「阪神・淡路大震災1.17のつどい」が開かれた。会場に響き渡る時報のカウントアップが5時46分を知らせると、1分間の黙とうが行われた。「よりそう 1.17」と並べられた灯籠を囲む参加者はそっと目を閉じたーー。

当時、神戸市消防局の職員として小隊長を務め、長田消防署に応援に駆けつけた宮本正嗣さんは、大規模な火災が発生し、燃え上がる住宅の消火活動はできず、延焼を防ぐのが精一杯だったという。「家の中に人がいたかもしれない。ごめんなさいではないが・・・・・・参加しました」と話し、「30年経っても気持ちは変わりはしない」と明かす。
その長田区に住んでいて自宅が全壊したという大石智里さんは二人の娘とともに灯籠に火をつけ続けていた。「子供たちが、私たちの被災した年齢に近くなってきた。自分たちが引き継いでいきたいという思いで参加した」と話す。崩れた自宅周辺に炎が迫り避難した。しかし、まだ周囲には救出できていなかった人がいたという。友人や知人を亡くし「絶対に忘れてはいけない」と話す一方で、記憶がじょじょにだが薄れてきていると明かす。「でも、忘れてはいけない。自分たちの言葉で次の世代に引き継げていけたら。教訓を生かしていきたいとすごく強く思っています」。

神奈川県・横浜市から参加した喜多羅滋夫さんは「2階で寝ていて、頭の横にタンスが倒れてきた。たまたま頭を直撃しなくて、助かった」と話す。当時、住んでいたのは東灘区。周辺を含め木造の建物は全壊した。避難の途中では火災のなかを移動したという。「何かのきっかけで、フラッシュバックじゃないですけれども、思い出すことはあります。最近ではロスの山火事で、家が燃えてる映像を見ると瞬時に当時のことを思い出す。そういうのは何年経ってもおそらく、消えないんでしょう」。
「犠牲になられた方のへの思い。それも含めて30年の区切りということで、 しっかり心に刻むために参加した」と話すのは明石市から参加した水上祐さんだ。住んでいたマンションは半壊した。当時は35歳で、兵庫県で地震は起こらないと考えていたという。目の前で信じられないような光景を目の当たりにした。「しっかりと地震対策を頭に置いて生きていかなければならない」と語る。

東灘区に住み、中学2年生だった池田亜伊さんは「高速道路が倒れ、道路面がこちら側から見えた衝撃が忘れられない」と語る。ライフラインの復旧に時間がかかり長期間自宅で風呂に入れず、当時は時間の経過を長く感じたというが「30年はあっという間だった」と話す。池田さんは友人を失った。「人とのつながりを大事にしたい」と涙ぐんだ。
- keyword
- 阪神淡路大震災
- 阪神・淡路大震災1.17のつどい
防災・危機管理ニュースの他の記事
おすすめ記事
-
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/10/14
-
走行データの活用で社用車をより安全に効率よく
スマートドライブは、自動車のセンサーやカメラのデータを収集・分析するオープンなプラットフォームを提供。移動の効率と安全の向上に資するサービスとして導入実績を伸ばしています。目指すのは移動の「負」がなくなる社会。代表取締役の北川烈氏に、事業概要と今後の展開を聞きました。
2025/10/14
-
-
-
-
トヨタ流「災害対応の要諦」いつ、どこに、どのくらいの量を届ける―原単位の考え方が災害時に求められる
被災地での初動支援や現場での調整、そして事業継続――。トヨタ自動車シニアフェローの朝倉正司氏は、1995年の阪神・淡路大震災から、2007年の新潟県中越沖地震、2011年のタイ洪水、2016年熊本地震、2024年能登半島地震など、国内外の数々の災害現場において、その復旧活動を牽引してきた。常に心掛けてきたのはどのようなことか、課題になったことは何か、来る大規模な災害にどう備えればいいのか、朝倉氏に聞いた。
2025/10/13
-
-
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2025/10/05
-
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方