デジタルリスクの地平線 ― 国際的・業際的企業コミュニティの最前線
関税障壁の一方で裏経済のグリーバル化は止まらない
海外のオンラインカジノに手を出して仕事をしくじる人がいます。99%の国内医薬品がインターネット販売されていますが、海外の向精神薬のインターネット購入は非合法です。
合法非合法の判断には国境が存在します。さらに、関税障壁の復権といってもいい趨勢に、ついこの間までのグローバル化経済の夢は消えたかのようです。他方、裏経済のグローバル化は止まりません。本邦でも、一般市民が、社員が、知らずして犯罪に巻き込まれることも多くなっています。
国内の治安秩序維持のために本邦の警察も、欧米を中心に外国の法執行機関と連携を密にして、デジタル世界の発展とともに国際的になった組織犯罪の撲滅に向けて日夜奮闘していますが、サイバー組織犯罪の拠点が潰えることはありません。なぜでしょうか?その答えの一つを、ヴァレーゼ教授の話に見つけました。
フェデリコ・ヴァレーゼ氏(Prof. Federico Varese)は犯罪学教授にして、かつてオックスフォード大学のナフィールドカレッジの社会学科長であり、2023年4月よりパリ政治学院にて教授を務められています。教授の主な研究分野は組織犯罪です。ロシア・マフィア、ソ連時代の犯罪史から始めた研究を、英国における組織ギャングのガバナンスの側面、サイバー犯罪市場、ロシアン・マフィア、偽造医薬品に関する研究プロジェクトに広げられています。
ヴァレーゼ教授のサイバー組織犯罪に関するフィールドワークをISF CEOのスティーブ・ダービンとの対話(特典:フェデリコ・ヴァレーゼ - デジタル空間にシフトする組織犯罪)で聴いたときに、まず浮かんだのが世界中で蔓延したコロナ禍の体験です。
今ではようやく数年間の社会的麻痺状態は解消されていますが、この世から新型コロナウイルスは消えていません。多くの国が鎖国政策を取ったにもかかわらず、ウイルスはいとも簡単にグローバルに蔓延しました。サイバー組織犯罪も、その巣窟もまったく同じです。関税ゼロ、パスポート不要、法令の域外適応も稀、という真のグローバル化を遂げています。まるでデヴィッド・リカードの自由貿易や比較生産費説を信奉しているかのようです。
ヴァレーゼ教授のお話を伺いながら、今日は、あらためてサイバー組織犯罪の現実を見つめてみたいと思います。教授は、どうして組織犯罪に興味をもたれたのでしょうか?
(以下、引用)
1.ソ連の計画経済から市場経済への移行中に犯罪が大量発生
フェデリコ・ヴァレーゼ:私は1980年代後半から1990年代前半にかけて学生をしていたのですが、ちょうど大学を卒業する頃には、ソビエト連邦が崩壊に向かっていました。つまり、いわゆる市場経済への移行を図り、ひとつの新たな国家が誕生する転換期にありました。
そうした状況に興味を引かれるうちに実に情熱が湧いてきて、ひとりの学生として、この壮大な社会変革を研究したいとの思いが強くなりました。人生に一度きりしかないチャンスに思えたのです。ひとつの国家が自国の経済システムを、あれほどの規模で何か新しいものに変えていくのを目の当たりにするのですから。まぁ、その変革は思ったようには進まなかったわけですけれども。
あの大変革が上手くいかなかったのには特徴的なことがありましたが、その一つは、ソ連が財産権のあり方を明確にできず、財産権というものを保護できなかった点です。どれは誰のものかを争う暴力沙汰がそこら中で大量発生し、変革期に犯罪が激増したのです。
私が深く惹かれたのは、煎じ詰めて言えば、ソビエト連邦の計画経済の終焉と、市場経済の台頭と、組織犯罪の出現との関係性です。そこで、このことをテーマにして博士論文を書くことにしました。それが、2001年に『ロシアン・マフィア』という本になって出版されたわけですけれども。そのようにして、市場経済に関心を持つ経済社会学者としてスタートしたのです。
関心の焦点は、さまざまな市場が機能する仕組み、そして法の外、つまり違法な要素が、実際にどのようにして市場を支配していくようになるのかにありました。そこで1990年代の大半をロシアで過ごしたのです。ペルム市に住んで1年間のフィールドワークを行い、その後何度もその地に戻りました。その研究の集大成が私の最初の著書となったのです。
(引用、一旦ここまで)
なるほど、市場経済への移行のなかで、組織犯罪が構造的に生み出されていったのですね。市場経済において、効率的な資源配分が達成されない、いわゆる「市場の失敗」が起きるよりも遥かに前、そもそもスタートに失敗していたわけです。そこで組織犯罪が形成されるというのは、宜(むべ)なるかな、ですが、ロシアの組織犯罪の特殊性と普遍性はどこにあるのでしょうか?
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