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1. はじめに - 「また訓練の季節が来たのか」

「また訓練の季節が来たのか」
「この訓練、何の意味があるの?」

そうつぶやいたことはありませんか? かつての私もそうでした――。私自身、10年前に危機管理部門に配属された当初は、正直なところ訓練を「やらされ仕事」と感じていました。上からの指示で行う年中行事、書類を作成し、人を集め、シナリオを読み上げて終わり、といった形式的なものでした。 具体的に言えば、最初の訓練準備では「前回の資料をコピーして日付だけ変えればいいのでは?」と思っていましたし、実際にそうしている部署も見かけました。参加者は台本を棒読みし、想定問答も前もって配られ、全てが予定調和。緊張感も臨場感もなく、ただ時間を消費するための儀式のようでした。

しかし、ある出来事を境に私の考え方は大きく変わりました。その転機となったのが熊本地震です。当時の対応は全てが後手に回り、場当たり的になり、本社と現場の間で認識のギャップが生じる状態。「危機管理」を担当する部門が、自ら「危機的状況」に陥るという皮肉な事態を経験しました。

私はこれまで複数の自然災害(熊本地震、大阪北部地震、北海道胆振東部地震、台風15号など)、テロ事案(パリ同時多発テロ、朝鮮半島緊張など)、感染症対応(MERSコロナウイルス、新型コロナウイルスなど)に関わってきました。これらの実体験を通じて得た教訓をお伝えしたいと思います。

熊本地震の自衛隊による活動

2. 同じ危機は二度と同じ形では現れない - 熊本地震での教訓

熊本地震が発生した際、私は本社の対応チームにいました。その時の状況は今でも鮮明に記憶しています。

2.1 熊本地震で直面した課題

前震と本震の混乱:
2016年4月14日のM6.5の地震を「本震」と判断して対応。行動解除後の16日にM7.3の実際の「本震」が発生し、想定外の展開に戸惑いました。当初「最悪は過ぎた」と安心していたところへの二度目の大きな地震で、心理的なダメージも大きく、冷静な判断ができない状態に陥りました。

情報の錯綜:
「A支店が全壊」「いや、被害はない」という矛盾する情報が飛び交いました。情報の発信元が不明確で、伝言ゲームのように変化してしまう状況。実際には「建物の一部に亀裂が入った」という事実が「全壊」という噂に変わり、その後別の支店の情報と混同されていたことが判明しました。

安否確認の遅延:
従業員の安否確認に36時間を要しました。当時は「確認できない=連絡取れない」という状況を「無事」「要支援」「確認中」の三段階で区別できておらず、全員の状況が確認できるまで意思決定が止まってしまう事態に。さらに、連絡がつかない社員の家族からの問い合わせに、「まだわかりません」としか答えられない無力感も味わいました。

本社と現場の認識ギャップ:
本社は「状況を教えてほしい」と要請し、現場は「指示がほしい」と求める平行線。本社からは「詳細な被害状況を報告せよ」という指示が繰り返され、現場からは「何をどうすればいいのか明確に指示してほしい」という要望。双方がストレスを抱え、時には感情的なやり取りになることも。実際の会話では、

本社:「正確な被害状況を報告してください」
現場:「今は対応に追われていて詳細な報告をする余裕がありません。具体的な支援内容を教えてください」
本社:「支援を判断するためには状況を把握する必要があります」
現場:「では今必要なものを列挙します。判断は本社でお願いします」

このような堂々巡りの会話が何度も繰り返されました。

意思決定の停滞:
判断基準や権限があいまいで、決断に時間を要する状態。「これは誰が決めるのか?」「どのレベルの判断が必要か?」が不明確で、現場の判断で進められる事項と経営判断が必要な事項の線引きがなく、全てが上申され、判断の渋滞が発生。特に「避難所への物資支援」で3時間も判断が保留になり、結局日が暮れて配送できなくなったケースもありました。

リソース配分の混乱:
「何が必要か」を把握できず、必要なものを必要な場所に適時に送れない状況。被災現場からは「毛布が足りない」という情報だけが入り、「何枚必要か」「どこにいつまでに届ければよいか」「搬入経路は確保できているか」といった詳細情報がなく、結局100枚の毛布を手配したものの、実際に届いたのは3日後という事例も。

形式的な訓練では、このような実際の混乱に対応できないことを痛感しました。マニュアル通りに役割を演じる訓練と、実際の危機対応の間には大きな隔たりがあったのです。特に、マニュアルにない事態(前震と本震の二段階地震)や、感情的要素(不安、焦り、疲労)が加わると、想定通りに物事は進まないという厳しい現実に直面しました。 あなたの訓練では、これらの事態に対応できるでしょうか?