発災時の基本姿勢を貫くことが重要
事業継続が見えたうえでの支援を

能登半島地震では「穴水モデル」に代表される自治体によるセントラルキッチンの設置の成果が報告されている。今後は、さらにその先にあるセントラルキッチンで作った「お弁当」を孤立集落や被災地域に届ける取り組みにも注目が集まると考えられる。事実、同社が埼玉県などでトレーニングを行う際は、自治体や警察、消防などの機関が視察に訪れることもある。ただ、同社は非常時における食事提供、運搬の「一歩先」を見据えており、医療福祉機関・施設への食事サービスという専門領域を活かし、疾患やアレルギー、食事形態等への配慮が必要な方に向けた支援へのシフトも見据えている。

このように災害時における食事のドローン運搬という領域で、富士産業ほど“前のめり”に取り組んでいる民間企業はほとんどない。事実、取り組みを通じて得意先から「そこまで考えてくれている企業があるんだ」という声が上がるなど、顧客からの信頼性・企業価値の向上にもつながっている。それは自治体からも同様で被災時の支援協定の締結の依頼も少なくないが、現状は慎重な姿勢であり、順序立てて協力することを伝えているという。「私たちも民間企業である以上、お得意先のために何ができるかを最初に考えて行動しなければなりません。事業継続が見えたタイミングで支援に入るのが基本であり、会社の方針。これが防災協定などで最初に行動を縛ってしまうと、リソースが中途半端になってしまいどちらも上手くいかないリスクが高まってしまいますから」

地域による災害意識の温度差に課題
情報発信のための産学連携にも注力

BCPにおけるドローン運用の課題について、特に周辺環境については「防災意識の地域差」もある。例えば、南海トラフの危険個所になっている地域の意識の高さはもちろん、防災タワーなどハードの側面でも準備が進んでいる。一方、大規模災害のリスクが比較的小さな地域だと住民の意識が小さく感じることがあるという。「弊社の全国の拠点・事業所であればBCPや危機対策について、従業員の意識を高め、備えを講じることはできます。ただ、一歩外に出てしまうと必ずしも防災意識が高いとは限りませんので、その温度差は発災時の対応のリスクになり得る可能性があります」

 このような背景を受けて同社は産学連携を積極的に行っている。2025年6月には関東学院大学(神奈川県横浜市)と、地域住民を対象とした「健康と防災意識の向上」をテーマとし、学園祭にて同大学の栄養ケアステーションと共同で出展。体組成測定の実施や災害備蓄食の試食、ドローンの展示などを実施した。また、同月には名古屋学芸大学(愛知県日進市)と産学連携を締結。「災害時の食支援に関する取り組み」「教育や人材育成に関する活動」「食や栄養に関する学術的な研究」について連携し、富士産業からはキッチンカー・ドローンによる食事提供の技術を提供する。同大学との連携を契機に、2025年11月に愛知県日進市が実施予定の道の駅を主体とした防災訓練の計画があるという。さらに災害時においても食品衛生上の安全性を担保するために、災害時の状況を想定したキッチンカーでの調理とドローンによる運搬の模擬訓練を行い、関係各所に協力を仰ぎ、実食を含めた食事の検査も同時に実施する考えだ。

そのほかにも、NPOや自治体などとの座談会の開催や論文発表など多様な方法による情報発信の強化を模索している。さらに2026年には、被災地で簡易的に状況把握できる環境を構築するために撮影用の小型ドローンを導入検討し、さらに利用台数の拡大などソフト・ハードの両面で強化を図っていく方針だ。

インタビューに応じる西村氏
■富士産業株式会社
1972年設立。医療・福祉施設を中心に、学校、社員食堂への食事提供を行う。受託施設は現在、全国で約2000カ所、地域密着サービスを目指して設置する事業拠点は25カ所。現場対応力の高さを企業価値にしていくことを目指し、2017年にBCPを策定した。事業継続推進機構が実施する「BCAOアワード2020」で優秀実践賞、人づくり・訓練賞をダブル受賞。2025年5月時点で従業員約1万8000人、年商約900億円(2024年度)。