無謀にも、太平洋戦争へと向かった歴史には、現代に通じる反省事項があると、筆者は指摘する(写真:Adobe stock)

皇室典範改正の議論がなされる環境下で、皇統の安定継承に関する歴史的事実と実績、それを考察したコラムを掲載した影響だろうか、筆者のSNSは凄まじい情報環境に陥っている。その内容は「愛子様を次期天皇に推す意見」「秋篠宮様への攻撃的で事実無根の誹謗中傷」が嘘のようにまとわりついているのだ。私自身、余程の事がない限りブロックやミュートは行わず、異なる意見も含めて広く情報を受け止める信条なので、数々の反対意見には慣れてはいるが、それでも流石に辟易する状況にある。

というのも、その内容が、歴史や事実認識が間違っており、とても論理的思考に基づいているとは思えないものが多いためだ。極めて感情的で、恣意的であり、異論に対して攻撃的で聞く耳を持たないもののようにも感じる。もちろん、それは全てではなく、中には議論が可能な意見も存在するが、極めてわずかなのである。

その背景には、新聞などのマスメディアの多くも、この攻撃性を煽るかのような記事、論調が多く見受けられることが原因にあるのではないだろうか。

良識ある人は、この情報環境に辟易として、スルーを決め込み、「君子危うきに近寄らず」との態度を維持する人も多いのではないだろうか。平穏を保つために、賢い選択ではあるが、そうせざるを得ない状況に近付いているのならば、危機感を持たざるを得ない状況なのである。

「開戦前夜」に学ぶ教訓

映画「開戦前夜」が現在、裁判係争中でありながら公開され、是非鑑賞したいと思いながら未だ実現していない。無謀にも、太平洋戦争へと開戦に向かわざるを得なかった歴史の、なぜを問う内容なのだが、その大きな原因としてマスメディアの恣意的な煽り報道が大きいと考えている。科学的に分析した結果、最初は優位に進められても長期戦になり勝てる要素がないということが分かりながら、マスメディアに煽られ同調圧力を伴った好戦的な国民感情との板挟みに合い、葛藤し、決断に至る経緯が描かれていると聞く。間違いなく現代に通じる反省事項であり、そのリスクに立ち向かう必要があると考えるのは筆者だけではないはずだ。

その反省もなく、なぜここまでいわゆるプロパガンダが出来るのか疑問である。現代の最大のリスク要因であり反省もなく繰り返されるならば、情報を利活用する側の立場で、その状況自体を現実のリスクと受け止めて、防衛策を講じない限り不幸な歴史は繰り返す。

繰り返すが、異論はあっていいし、議論は必要不可欠である。しかしそこには一定の論理性が必要であり、他の意見にも耳を傾けて、例え批判するにしても一定のリスペクトを欠いてはならない、それが基本である。そして、何より歴史的事実に向き合う姿勢がなければ議論の土俵にも上がるべきではない。そうでなければ、言葉の暴力に過ぎないからだ。