安定的に皇位継承させるための制度創設の議論が進んでいる(写真:Adobe stock)

 

皇統に関わる事象について、語るべきかどうか、相当迷ったのが本音だ。だが、国家としての存立の危機でありながら、多くの国民の認識の乏しさや、そこへと導かせている要因の一つと言える、数々のプロパガンダに憤りを禁じ得なかった。そのため、日本国家の最大のリスクとして取り上げる必要があると決断するに至った。

かつて自民党小泉政権時には、皇位の安定継承に向けた有識者会議で議論が進められた。そこでは、男系男子の継承者が見通せない状況で議論されていたが、悠仁親王殿下ご誕生で危機がいったん回避され、収束を見た。しかし、この時の議論は、少しでも日本の歴史や国際社会での位置付け、日本国家のアイデンティティを理解している立場からすれば、あり得ないものに映ったことはあまり知られていない。

いったん危機は回避されたものの、皇位の安定継承という観点で言えば、悠仁親王殿下以降の未来に、どう継承していくかという問題は残ったままであり、その事に対して、今でも一定の対応を取る必要性があるだろう。しかし、いつの間にか報道メディアは「皇位の安定継承」ではなく「皇族数の確保」へと目的をすり替えて、むしろ皇統断絶という危機事態、或いはすでに決まっている皇位継承順位をないがしろにし、廃嫡に追い込む内乱へと仕向けている様にすら映る。

戦後に明文化された象徴性

日本は古来、万世一系の皇位が継承された王朝である皇室を頂く国家だ。また、世界中を見渡してもこれだけ長期間継続する王朝の例はなく、多くの国から尊敬されるべき存在である。象徴天皇という現在の形式は、戦後に明文化されたものの、それまでも権力と権威を分離する事で、時の権力構造とは別の形式で、ある意味、象徴的に日本の国家元首として継承されてきた現実がある。

この皇位継承は、男系による血統で成立するのであり、歴史を振り返れば、男系継承は世界的に見ても当たり前だった。逆に言えば、この男系継承が出来なくなった時に、その王朝は途絶えることになったのであり、別の人物がその地位に就いた時、それは王朝の交代となった。王朝の交代とは、即ち旧王朝を頂いていた国家の滅亡を意味してきた。

欧州では女系継承が行われているという指摘もあるが、それは全くの誤解だろう。第一子に王位継承権を与えている例はあっても、それは男系であって、非男系に継承されるものではない。世界の常識である。

この皇位継承を法治主義の現代にも分かり易くするために、法律として皇室典範が定められている。間違えてはならないのが、この皇室典範以前に皇位継承のルールは、皇族方に面々と受け継がれており、この法律が成立するずっと以前からルールとして厳然と存在してきた。それが男系継承である。法治国家ゆえに法的規定は必要ではある。ただ、法律で縛るのはある意味、不敬と感じざるをえないのだが、現代においては仕方がないのかもしれない。

今、国会で審議されている皇室典範改正は、万世一系を、未来も安定的に継承できる様に議論されるべきものであり、歴史的に同様の策が講じられてきたことと同じことをすれば良いだけだろう。