最悪のシミュレーション

ここで戸建住宅の火災シミュレーションをしてみます。このシミュレーションは私と当社(レスキュープラス)社員の金川恭平および当社顧問で上級災害対策指導官サニー カミヤ氏が1月5日にNHK総合で放映されました「メガ実験バラエティ~すごいよ出川さん!」で戸建住宅での実火災実験に参加させていただた経験をもとに、当社での実験や火災警報器メーカーの実験結果、神戸市消防本部が行った実験などを参考にしたシミュレーションです。

2階建て木造住宅で夫婦二人住まい、1階がリビングで2階が寝室。何ら防災を意識していない何処にでもある一般的な家庭。1階リビングで、寝る前に吸い殻入れを片付けた時に、重ねておいた座布団の間に火のついた煙草を落してしまった。煙草の火は徐々に座布団カバーを焼け抜け中綿の化繊に広がるが化繊は溶けていくだけで炎も煙もしばらく上がらない。しかし不完全燃焼により無色無臭の一酸化炭素(CO)が発生しだす。約30分後にはかなりの濃度のCOがリビングに充満してきたがまだ煙・炎は確認できない。

COはリビングのドアの隙間から階段を通じて2階へ上り、2階のドアの隙間から
寝室に侵入し始める。無色無臭のCOは寝室の天井に溜まるが階段の壁や天井そして寝室の天井を通過する際に冷やされて少しずつ寝ている夫婦に近づいてくる。そして少しずつCOを吸い始めてしまう。

40分が経過したあたりから座布団から煙が立ち始める、そして一気に座布団から炎が立ち上がる。カーテンに延焼したとたん天井近くまで炎が上がる。雑多なものに燃え移り不完全燃焼の黒煙が天井付近に溜まり始めて黒煙がうねるような状態が見えてくる。この時2階では二人ともぐっすり就寝中。

不完全燃焼により大量の黒煙と大量のCO及び塩化水素、硫化水素、シアン化水素などの有毒性ガスも発生する。室内は燃焼が拡大して高温となり圧力が増加してCOを大量にドアの隙間から2階の寝室へ押し出す。しかし目に見える煙は2階寝室にまだ入ってこない。2階寝室ではまだまだぐっすり就寝中。

その間に大量のCOが浸入して寝ている間に体内に吸引され体内酸欠状態へとすすむ。それでもぐっすり就寝中。耐火ボードで施工されているためか1階は炎・煙で高温なのに2階は何ら熱さを感じない。そしてとても静か。怖いくらいに静か。まさにサイレントキラー。

1階は熱で圧力が増して窓ガラスが割れた。「ガシャン!」の音でようやく夫が目覚めた。この間、座布団から炎が上がってから約7分。窓ガラスが割れたため急激に空気(酸素)が火災室に吸入され天井に溜まった煙ガスに引火して炎が天井をなめるようにフラッシュオーバーとなる。

トイレに起きた隣家の奥さんが異変に気付く。ガラスの割れた音がしたので外を見るとなんと隣家の窓から煙が出ていて1階の窓が真っ赤だ。

「わー大変だ、火事だー お父さん起きて!119番呼んで!!!」「隣の熊さん夫婦は2階で寝てるよな、2階の窓閉まってるぞ、逃げてないのか?!!」

その頃2階のドア付近で寝ていた熊さんはガラスの割れる音で目が覚めた、が体がCO中毒でスムーズに動かない。それまではとても静かだったのだが、何やら外が騒がしいし遠くでサイレンの音が聞こえてきた。

2階ドアの隙間から何やら煙が入ってきた。なんとか起きてドアを開けて階段をのぞくとかなり熱い真っ黒な煙がすごい勢いで部屋に侵入してきた。その煙を瞬間に吸い込んだ熊さん激しく咳き込む、咳き込めば咳き込むほど煙を吸ってしまう。3度ほど呼吸をしたかと思ったら、吐き出すことも吸うこともできない。ちょうどプールで溺れ水を吸い込んでいるように呼吸ができない。熊さんはそのまま倒れてしまった。

倒れたのが奥さんの上だったため奥さんもびっくりして飛び起きた。すでに部屋の中は黒煙が充満して良く見えない。奥さんは室内灯を付けようとリモコンを操作したがどうしても照明がつかない。1階の火災が配電盤を焼いていて電気は遮断されてしまった。

奥さんは、はうようにして窓を開け新鮮な空気を求めて窓から顔を出す。1階から外へ噴出している煙も2階の窓に上がり始めた。その煙の先に新鮮な空気がちらっと見える。奥さんは何とかその空気を吸おうと必死に顔を出す。

しばらくして消防隊到着。119番通報から約7分。

「すぐに助けに行くから飛び降りるな!」と消防士がメガホンで叫んでいたが、奥さん呼吸ができなくてそれどころではない。2階だから飛び降りても大丈夫かな、と考えもせずに飛び降りた。

新鮮な空気を求めて身を乗り出したのであって決して飛び降りるつもりではなかった。お尻から墜落して気が遠くなりかけた時に「2階に夫!」と叫んだ。

すでに1階は火の海で割れた窓ガラスからは大量の煙と炎まで見える。しかし2階は煙は充満しているがそれ以外はほとんど変化はない。熊さんは倒れる直前にドアを閉めていたのだが、それでも隙間から煙が入ってくる。

ドアの隙間だけではなくコンセントからも煙が噴き出し始めた。

熊さんは倒れたまま動けないが意識はある。恐ろしいことに意識があるのに体が動かない。「かみさんは助かったか?」さっき窓を開けたようだが急に姿が見えなくなったなと考えているうちに意識が遠のく。

消防隊はすぐさま2線のホースを延長して1階に向け放水を開始。2階に逃げ遅れ要救助者ありの報告からすみやかにチタン製3連はしごを2階窓に架けた。地元消防団も到着して中隊長の指示により団員がはしごの内側へ回り込み3点支持にてはしごを保持する。消防団の可搬ポンプからもホース1線を延長し噴霧放水にてレスキュー隊員を熱から防護するため援護放水を行う。レスキュー隊員の吉野が2階の窓から侵入し室内を検索すると奥のドア付近でうつぶせに倒れている要救助者を発見。無線で指揮本部に報告と同時に要救助者を窓まで引っ張る。

続いてはしごを昇ったレスキュー隊員の神谷が要救助者を吉野から受け取り肩に担いではしごを降りる。その時2階でも充満した煙ガスに引火して再度のフラッシュオーバーが発生した。

先に2階から飛び降りた奥さんは救急搬送の結果一命は取り留めたが、骨盤骨折と足首の複雑骨折さらに煙を大量に吸ったことによる気道熱傷で重体。ただし体のどの部分も火傷は負っていない。気道がただれている原因は有毒な酸性ガスによる熱傷と判断された。2階からの脱出で重傷を負うなど誰も想定していなかった。煙を吸引したことにより呼吸ができずにパニックに陥ったと考えられる。

救助された熊さんは救急搬送の段階で救急隊と病院医師側の電話による相談の結果、高圧酸素療法の加療が必要で、都内の施設を探したが空きがない。都内から江戸川河川敷まで救急車で搬送して、野球グランドで待機手配した消防ヘリコプターに移し替え千葉県鴨川市の亀田総合病院へ移送し救急救命センターで高圧酸素カプセルに収容された。外傷は全く無く、火傷の跡すらもなかった。

2階でのフラッシュオーバーの後猛烈な勢いで家屋全体が炎に包まれて全焼した。
残念なことにレスキュー隊員の吉野が殉職してしまった。神谷は思った。要救助者が自力で動けたらはしごをかけた段階で自力避難できたはずだ、この数十秒足らずの時間差で吉野が死なずに済んだのに。悔しさ無念さを噛み締めた。

その三週間後高圧酸素治療の加療の結果、一命は取り留めた熊さんは脳死状態となったとの報告を神谷は聞いた。吉野が犠牲を払って救助したのに。火災で少しの火傷も負っていないのに植物状態とは。無念。

以上 最悪のシミュレーションでした。

(実火災実験や実際にありましたヘリでの移送、高圧酸素加療、実際の火災事例を参照したシミュレーションです)