2016/08/19
業種別BCPのあり方
ビジネスインパクト分析による業務の絞り込み
ビジネスインパクト分析に基づく業務の絞り込みは、事業継続を具体的に検討するうえでの最も重要な技術であるといっても過言ではないが、食品製造業における事業継続計画の策定にあたっては、前号の記事に示した論文の結論通り、業務の絞り込みだけではなく、商品も絞り込みを行うことが有益である。
仮に「御茶ノ水の炭酸水」という商品があり、190ミリリットル缶、350ミリリットル缶、500ミリペットボトル、1リットルペットボトルの4つの容器で販売されているうえ、普通の炭酸水に加え、レモン風味、オレンジ風味といったバリエーションがラインアップされているとする。これらすべてを通常通り製造しようとするのは現実的ではない。販売数量や過去の緊急事態における市場動向の変動を踏まえ、製品ごとの優先順位をつけておく必要がある。ある製品が売上比率に占める割合は、各社によって異なるが、特に食品製造業においては、もっともよく売れている製品であっても数%に満たないことも珍しくない。
他の製造業では、製品ごとの優先順位について特段の議論をしなくても共通認識があることがあるが、食品製造業においては、経営として意思決定しておくべき課題になる。
例えば、ある調味料メーカーでは、各種調味料を家庭用と業務用で分けて製造しており、製品アイテム数は数千を数える。この会社のBCPにおいて、緊急時に最優先となるのは、炊き出しなどにも使いやすい鍋料理向けの調味料であり、しかも通常よく売れる小容量のものよりも、大容量の家庭用製品を優先し、次に、工場の稼働率向上を目的に受託している外食企業からの仕様書発注による調味料の製造を優先することを決めている。これは、緊急事態における市場動向の変化と競合他社との競争を考慮し、可能な限り短時間に生産量を最大にするため、各種シミュレーションを踏まえて決定されたものである。
緊急事態における市場ニーズの変化
主に過去の自然災害における消費者の購買行動を分析することで、緊急事態における市場ニーズの変化はおおむね特定できる。
発災直後は、水にも熱源にも事欠くことから、そのままですぐに食べられるものにニーズが集中する。菓子パン、総菜パンの販売量は平日の10倍以上となったという報告もある。即席めんは、プライベートブランドよりもナショナルブランドの方がよく売れている。ゼリーやプレーン以外のヨーグルト、乳酸菌飲料も需要が高まるとの報告がある。
一方で、被災地以外では、缶詰などの保存がきく食料の需要が高まる。災害報道が消費者心理に与える影響が背景にあると考えられる。
発災4日目以降になると、徐々に停電の範囲が縮小するものの、地下の管の修繕が必要になる水道の供給は中断している地域が多くなる。このような場合、温かいものを食べたいというニーズを背景に、ピラフ、焼きおにぎり、ピザといったスナック系冷凍食品、カップスープなどの食品や、炊き出しに使用される調味料などの需要が高まる。
炊き出しというとカレーやシチューというイメージがあるが、実はこれら脂分を多く含み、かつ粘度が高い食事は、調理後の処理が大変で、炊き出しには向かない。できれば、豚汁、ちゃんこ鍋のようなより水分の多い料理の方が望ましい。
発災7日目以降になると、菓子パンや総菜パンは、飽きがくることもあり、需要が減退する。 製品の優先順位づけにあたっては、このような市場の反応を踏まえ、消費者ニーズと自社の製品の組み合わせを検討しておくことが望ましい。発災直後、小売業のバイヤーは何でもいいからということで製品を確保しようとするが、やはり売れないものよりは売れるものを可能な限り供給することが食品製造業の使命であろうと考える。
- keyword
- 業種別BCPのあり方
業種別BCPのあり方の他の記事
おすすめ記事
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2023/01/31
-
リスク対策.com編集長が斬る!【2023年1月31日配信アーカイブ】
【1月31日配信で取り上げた話題】家庭での防災行動を高めるために
2023/01/31
-
-
1000人に聞いた防災の取り組みと行政への期待
リスク対策.comは、地域住民がどの程度防災に取り組んでいるのか、また防災の観点から行政に対してどのような要望を持っているのかなどを把握する目的でインターネットによるアンケート調査を実施した。その結果、2021年5月から避難勧告が廃止され避難指示に一本化されたことについては約5割しか理解していないことや、平時から国や地方自治体の防災のホームページなどがあまり活用されていない実態が明らかになった。調査は、2022年11月21日から22日にかけてインターネット上で行い、全国の20歳以上の成人男女1000人からの回答を得た。質問は、回答の質を高めるため「この質問は一番右の回答をお選びください」という条件項目を入れ、適切な回答をしなかったものを除き、計889人を有効回答として分析した。
2023/01/30
-
社内滞在時をイメージさせる実践的な訓練と備蓄
テクニカルセラミックスを開発・生産するクアーズテックは2012年、東京都の帰宅困難者対策条例を機に一斉帰宅抑制対策に乗り出しました。独自のプログラムを追加した実効性の高い訓練や被災時の心理にも配慮したきめ細かな備蓄が評価され、2021年には東京都のモデル企業に。同社の取り組みを紹介します。
2023/01/29
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!【2023年1月24日配信アーカイブ】
【1月24日配信で取り上げた話題】最強寒波への備え
2023/01/24
-
リスク対策.com編集長が斬る!【2023年1月17日配信アーカイブ】
【1月17日配信で取り上げた話題】防災心理を学ぶゼミ生が制作した企業の防災マニュアル/コロナ発生から3年 企業の初動対応を振り返る
2023/01/24
-
BCPと助け合える関係が機能した災害復旧活動
2019年の台風19号でグループ含め3工場が壊滅的被害を受けたカイシン工業は、経営トップが「全力復旧」の方針を発表すると各工場が即座に活動を開始。取引先や協力会社の支援を受けて設備の交換を迷いなく進めるとともに、代替生産によって早期に出荷を再開しました。同社のBCPと助け合える関係づくりを紹介します。
2023/01/19
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方