2016/07/27
誌面情報 vol56

Q. 行政はどうでしょう?
全国の地方自治体のどこでも、危機管理・防災の担当部署の職員が災害対応に精通したプロ集団とは言えない状態にある。公務員の宿命である人事異動によって3~5年で配置換えがあるため、業務の要領を把握して行動規範が理解できたころに次の職場に異動してしまう。災害対応のプロが不足する中で災害が起き、災害対応の経験がない他の自治体の職員が現地に支援に入っている状況では、当然、混乱が生じる。罹災証明の手伝いをしてくれと言っても政府のガイドライン以外は知らないので、現地で初めて手間がかかることに気づく。発行するのに身分証明がいるのか、どの程度の時間がかかるか…、そのようなことは地域防災計画には書かれていないし、当然、次々に生じる問題点やその解決方法もマニュアルに書かれているはずもなく、職員は場当たり的に対応していくしかない。
もう1つは、地方自治体の日常業務は比例・公平・平等が当然であり、各部署がそれぞれ職責を全うしている。災害時にその縦軸の組織が寸断されたとき、直ちに横断的な連携体制に切り替えることになっていても、自分の所属する部署にとって必要な情報をどこの部署が持っているのか、自分の部署が持っている情報がどこの部署に役立つのかといった判断ができる職員はごくわずかだ。特に4月の新年度早々ではとても無理。熊本地震はその典型だったと言えるだろう。
実際、現場では罹災証明を求める被災者が朝から列になって並んで、夕方になると「今日は時間切れ」と言い渡される。当然、小さな自治体で5人しか職員がいなかったら、対応には限界がある。県外の遠くから被災者が来ていたら帰れと言えるだろうか? 泊まるところさえも用意できない。こうして問題が解決されぬまま山積みされていくのが災害現場だ。
Q. 伊永さんは、阪神・淡路大震災で西宮市を支援されたと聞きましたが、どのように市の業務をサポートされたのでしょう?
行政をサポートしたと言えば誤解を招くが、行政に楽をさせたわけではなく、行政が機能してくれなければ復旧が遅れるため、行政には罹災証明の発行や仮設住宅の用地探しなど行政にしかできないことに専念をしてもらえるよう、他の雑務をすべて引き受けた。当時、西宮でボランティア活動を行っていた13の団体で「西宮ボランティアネットワーク」を立ち上げ、そこが中心になり行政を支援した。当時マスコミからは、「行政サポート隊」とも呼ばれた。
例えば物資の仕分けはもちろんだが、電話の交換台もやった。市役所には本当に行政の支援が必要な電話だけがくるわけではなく、猫が屋根裏に住み着いたとか、水が出ない、隣の家がうるさいとか、さまざまな相談が入ってくる。こうした相談の中から、本当に必要な情報を行政に届けられるよう職員と市民の間に入り、職員が対応する必要がない相談に対しては、ボランティアスタッフが現地に行って話を聞いてあげるなどの対応をした。
Q. 職員がこうした仕事をボランティアに任せてくれるのでしょうか。何か工夫はされたのですか?
当時の市長が記者会見で「被災者からの直接窓口は西宮ボランティアネットワークに任せる」と発表してくれたことが大きかった。避難所の運営や救援物資の配布担当に一人の職員が残るだけで、現場の仕事をボランティアネットワークに任せてくれた。災害時は行政側のトップがしっかりとリーダーシップを示してくれないと、職員も市民も不安や疑心悪鬼が残り、動けなくなる。西宮では、NECがボランティアネットワークに対し、避難所との連絡用に何十台ものファックスを提供してくれたが、これも市長が任せると発表してくれたおかげだ。
誌面情報 vol56の他の記事
おすすめ記事
-
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/17
-
サイバーセキュリティを経営層に響かせよ
デジタル依存が拡大しサイバーリスクが増大する昨今、セキュリティ対策は情報資産や顧客・従業員を守るだけでなく、DXを加速させていくうえでも必須の取り組みです。これからの時代に求められるセキュリティマネジメントのあり方とは、それを組織にどう実装させるのか。東海大学情報通信学部教授で学部長の三角育生氏に聞きました。
2025/06/17
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方