エクスプラス災害研究所所長 伊永勉氏
熊本地震の震源地となった益城町。役場の入り口には、「キケン職員以外立ち入り禁止」と書かれている。災害対策本部となるはずの役場が地震によって機能しなくなってしまった。庁舎には、全国の都道府県名が書かれたビブスを身に着けた職員が多数出入りし、益城町の職員の多くは、プレハブの臨時庁舎で業務を続ける。県外からは最も多かった時期で150人以上の自治体職員が派遣された。が、情報共有や連携は難しい。災害対応に慣れた職員だけが派遣されるわけでなく、土地や住民の状況を知っている地元職員が中心にならなければ業務は進まない。通常業務と災害対応業務のスペース分けも課題だ。地元職員は被災者でもあり数も限られている。阪神・淡路大震災で西宮市を支援したエクスプラス災害研究所所長の伊永勉氏に被災自治体の支援について聞いた。


Q. 熊本地震における被災地支援のあり方をどのように見ていますか?

熊本地震発生から10日目の4月24日、被災地の様子とボランティアの救援活動を見るために益城町を訪問した。全国からボランティアが多数集まってきていたが、余震による二次被害の防止や、被災者ニーズの把握が難しいことなどを理由に、ボランティア活動を待機させたり、県外ボランティアの受け入れを中止したりといった混乱が続いていた。

それでも、日が経つと避難者ニーズの把握が少しずつできるようになり、地元の商業施設も営業を再開し、食料や日用品の配布については活動を縮小できるようになっていった。しかし、今度は都市部と山間部の避難所の格差が見られるようになった。避難所が統廃合されてくると、自宅近くに居たいという被災者もいて、ボランティアの参加人数が減る中での配置など運営に苦慮する状況が見られるようになってきた。

一方、行政の活動に目を移すと、職員が足りず、他の自治体から応援が来ているにもかかわらず、不慣れな罹災証明の発行が思うように進まないなど課題が山積されていた。


Q.どこに問題があるのでしょう?

支援する側にも支援を受ける側にもそれぞれの事情がある。

1997年に起きた日本海重油災害以降、社会福祉協議会(社協)がボランティアセンターを設置して運営することが最適と言われるようになり、今では当たり前のように社協がボランティアセンターを運営するようになったが、私は、そのこと自体かなり無理があるように思う。社協は平時でも職員が足りず、日常の高齢者や障がい者の介護・福祉事業だけで精一杯な状況だ。

災害ボランティアは、「専門技術を持つ組織」「人の動員だけができる組織」「専門技術を持つ個人」「専門技術を持たない個人」と大きく4つのタイプに分類される。これらすべてを社協が運営管理することは到底できない。例えば医療は地元の医療機関や日赤に任せ、救援物資の集配と仕分けは小売業界や流通業界の組合に託す、といったことを事前に組み立てておくことが望まれる。

阪神・淡路大震災以降、ボランティアのNPOが続々誕生し、ボランティアリーダーやコーディネータと呼ばれる人材が育ち、今回の地震でも全国から応援に駆けつけているが、災害直後の混乱期を乗り切る体制と陣容が整っていない。社協に災害ボランティアセンターを運用できる能力とシステムをどのように構築できるかが問われている。