2016/10/14
誌面情報 vol57
ある専門家によれば、「マニキュア落とし(除光液)の中にはアセトンが入っており、白髪染めの中に過酸化水素が入っている。マニキュア落としと白髪染めを大量に購入して、自動車のバッテリーから硫酸を取り出せば過酸化アセトン爆弾ができる」という。この爆弾作成法は、既にインターネット上に拡散しており簡単に検索できる。今や情報管理は困難だ。
イタズラでも大きな混乱
CBRNEは、その危険性が故に実際にその兵器を使わなくても組織や地域を混乱に陥れることができる。CBRNの専門誌として知られるCBRNe WORLD編集長のGwyn Winfield氏によれば、白い粉が、会社に送られてきただけで、大きな損害につながったケースもある。以下はGwyn Winfield氏からの報告である。
「ホン・ミン・トラン氏を知っているだろうか。トランは、500通以上の白い粉の手紙を送ったテロリストとして知られている。6年以上にわたり送り続けた。このような“白い粉事案”は、2001年の炭疽菌レターに端を発して、その恐怖は半端ではなく、人々は奇妙な白い粉を見るや否や、当局に電話した。当局としても、その地域を閉鎖して関係者を除染し、分析のためにサンプルをラボに送らねばならない。結果が出るまでは、そのオフィスは閉鎖となる。この事件を受け、模倣犯たちが白い粉を送り始めた。人々が警察に連絡してチェックを受けるのがわかっていたからである。このような白い粉事案の対象になったのは、銀行から結婚式まで幅広い。連邦政府から地方の消防、ビジネスに至るまで、このコストは膨大であった。損害の総額を推定するのは難しいが、世界規模での損害は、恐らく10億ドルではきかないだろう。
こんな事件があったからか、ある企業では深刻な事件が起きた。会社員Aはいつも遅刻している。再三の注意にもかかわらずである。結局は首になった。そこでこの社員Aは、白い粉満載の小包が会社に届くように図った。会社員Bは、小包を開けた。白い粉が飛び散り、同封の手紙には、これはIS(イスラム国)からで、粉は炭疽菌だぞと書かれていた。Bは警察を呼び、警察は、全員オフィスを出て別の部屋で待機するように命じた。警察はサンプルを取り調べたが、結果が灰色であったため、全員を除染し、ラボ(研究室)での最終結果が出るまで自宅待機を命じた。3日後に、サンプルはよくある妨害物質(検知器には、有害物質と出てくる)と判明し、仕事は再開された。ラボでのコストは大きく、サンプルをダブルチェックし、超勤や増員を必要とした。警察はラボの費用を負担せざるを得ず、時間まで空費した。
この会社はわずかな期間ではあったが、BCP(事業継続計画)を発動するまでには至らなかったものの、閉鎖によって多くの損害を出してしまった。会社員は、月初めにお金が入らず、銀行への支払いの手数料も含めるとかなりの損害が出た。誰も病気になったりはしなかったが、誰もが金銭的な損害を受けてしまったのだ」。
五輪におけるCBRNEの可能性
CBRNEが今後起きやすい事案としてGwyn氏が最も懸念するのがオリンピックのような大規模イベントだ。リオ五輪は無事閉幕したが、2020年の東京五輪は日本が標的になる可能性は否定できない。
オリンピックのように、大注目されるイベントにあっては、メディアの関心を引くと同時に、危ない人々も関心を持つ。犯罪者やテロリストにとっては、文化的、財政的に価値の高い人々を襲うことは常に魅力的である。まして、世界のメディアが注目している中でやれるとなれば、最高であろう。サッカーの大会、FIFAワールドカップやUEFA欧州カップのようなものも魅力だが、オリンピックに勝るものはない。過去のテロ攻撃に順番をつけるような試みがあるとすれば、ミュンヘン五輪での出来事(イスラエルのアスリート11人が選手村で殺された殺人事件)がトップに来るであろう。どんなスポーツチームよりも、ナショナルチームの誇りと存在は標的となる。Gwyn氏は、「その国の希望と夢を打ち砕いてやりたいというのは、テロ集団の根源的な欲求である」とする。その中でも、一番特別なイベントは、やはりオリンピックであるのだと。
テロと災害から身を守る
では、日本は、これからどうCBRNに立ち向かえばいいのだろうか。元陸上自衛隊化学学校副校長の濱田昌彦氏は、20年前の地下鉄サリン事件を次のように振り返る。
「地下鉄サリン事件の時の写真を見てみますと、消防署員、駅員、警察の方がいますが、ほとんど皆マスクを装着していません。何か起きているのかわからないためです。私の先輩の自衛隊員が霞が関の現場に駆け付けた時、除染のために駅の構内に入っていったのですが、マスクをつけていない警察官が一緒について来
ようとしたそうです。その先輩はすぐ警察を避難させました。そのぐらい何が起きているかわからない状態だったのです」。
対応にあたるファーストレスポンダー(警察や消防、医療関係者ら)に求められる対策の基本はまず自分の身を守ることだ。そのためには個人用保護具(PPE:Personal Protective Equipment)を必要な場面で正しく使用できるようにしなくてはならない。
PPEは、適切な耐性のあるものを正しく着用するという物理的な要素と技術的な要素に加え、人体および心理面への負荷も考えておく必要がある。防護スーツは、レベルA~レベルDの防護措置のレベルに応じて、例えばレベルAなら、陽圧式で自給式空気呼吸器を備えた「宇宙服」タイプ、レベルDなら、化学剤・生物剤に対して防護する服を着装せず、消防活動を実施する必要最低限の作業服というように決まっている。当然、レベルに応じて活動できる範囲も変わってくるが、防護性が高いほど、隊員が耐える身体的な負荷は大きくなる。専門家によれば、気密スーツでは30分が限界とも言われる。これは、中の空気ボンベ容量とも比例する。さらに、熱負荷にも耐えなくてはならない。
誌面情報 vol57の他の記事
- 特集2 石綿を無害化固めて封じ込める
- 災害時に解体現場で露呈軽視される3建材
- 特集3 徹底解説 CBRN 身近にある危険
- 危機管理の盲点となるメンタルヘルス1億円以上の賠償請求も
- 熊本地震と被災地のリーガル・ニーズ
おすすめ記事
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方