ベトナム北部での飼育実態

筆者が所属した鳥取大学および京都産業大学の研究グループは、2005年度より始まった文部科学省の「新興・再興感染症に係る国内及び海外研究拠点形成プロジェクト」に最初から参加しています。鳥取大学農学部に附属鳥由来人獣共通感染症疫学研究センターを設置し、長崎大学熱帯医学研究所がベトナムのハノイ市にある国立衛生疫学研究所内に設けた研究拠点「フレンドシップラボラトリー」を活用して、国内のみならずベトナム北部で飼育されている家きん類、水きん類や野鳥の鳥インフルエンザウイルス汚染状況などを解明する研究活動を、現在でも実施しています。

研究活動の一環で、ハノイ市近郊の農村地帯をまれに訪れることがあります。ベトナムの養鶏は、日本のような専門化した養鶏産業にはまだ成長しておらず、大規模養鶏場はごく少数で(全く存在しないというわけではないのですが)、第二次大戦敗戦直後に疲弊し窮乏した日本国内で一般家庭に推奨された「庭先養鶏」が現在でも主体になっています。すなわち、ベトナムの農村では、ほとんどの鶏は放し飼い状態で、昼間は村中を自由に走り回り、餌は鶏自らでまかない、日暮れに自主的にねぐらである自分の鶏小屋に戻るという飼育形態が一般的です。

訪問した農村で、群れを作って村中を走り回っている鶏たちを筆者が見て、「飼育している人たちはどの鶏が自分の所有している鶏なのか判別がついているのか」という疑問を地元の人に投げかけたところ、「飼い主は判別できなくても、鶏は自分が夕方に帰る鶏小屋を分かっているから何も問題ない」という回答が帰返ってきたことを思い出します。

また、図1および図2に示す通り、飼育規模の比較的大きな畜産農家には、敷地内に大きな池が設けられており、その池には日中100羽以上の飼育されているアヒルが浮かんでいます。加えて、同じ敷地内では10数頭以上の数の豚も飼育されています。先進農家では、数頭のホルスタイン種の乳牛も飼育されています。しかし、どの農場にも、鳥インフルエンザ対策として重要な野鳥の侵入を防ぐ防鳥ネットは設置されておらず、野生動物の外部からの侵入を防ぐ柵も全く認められませんでした。

ベトナムは、北極圏とオーストラリア間を渡るカモ類などの渡り鳥の飛翔コース上に位置し、渡りの季節には、おびただしい数の渡り鳥がこれら農村部上空に飛来して、羽を休める群も少なくありません。そのため、農家の池で飼育されているアヒルと渡り鳥との接触は頻繁に起きていると思われます。すなわち、農場が渡り鳥から家きん類、水きん類へ鳥インフルエンザウイルスが伝達される場になっているのです。

このようなインフルエンザウイルスや鳥インフルエンザウイルスに容易に感染する豚、アヒル、鶏などの複数の動物種が渾然一体となって飼育されている農家が、ベトナムをはじめとするアジアでは一般的のようです。このような農家では、農場内で、容易にアヒルや鶏が飛来した野鳥から鳥インフルエンザウイルスの感染を受け、さらに、豚がそのアヒルや鶏から鳥インフルエンザウイルスが感染を受け、人からもインフルエンザウイルスの感染を受ける機会は十分あるという認識を、筆者はベトナム北部の農村に出向いた時に持ちました。