2020/03/20
危機管理の神髄
獣
災害専門家としてわれわれは驚くべきではなかっただろう。大量死亡事故で仕事をしたことのある者なら誰でも餓鬼を知っている。とくに死後まもない最初の数時間には、それらをほとんど感じることができる。私はその悲しみをあらゆるものの上にぼんやりと現れる巨大で形のない獣だと思うようになった。
これらの事故に際して、われわれは家族に焦点を合わせる。なぜなら奇妙に聞こえるかもしれないが、大量死亡事故の事後処理とは死者に関することではなく、生きることに関することだからだ。それが本当の使命である。しばしばわれわれは衝突現場や記者会見での複雑な振付けに巻き込まれて家族を無視する。それはわれわれが職を失うときである。
われわれは焦点を家族に当て続けることができるように家族支援センターを利用する。政府・非営利団体・慈善団体が提供する全てのものへの一括窓口として考えられているので、家族支援センターは緊急事態マネジャーの道具箱に入っている最も重要な道具の一つである。しかしそれは万能な道具であり、良い概念ではあるが、現実にはいつもうまくいくとは限らない。大量死亡事故はどれも同じように対処できるものではないからだ。全ての大量死亡事故も、愛する者を失った全ての家族も、それぞれが異なるものである。
チャイナタウンの家族がわれわれに望んだのはただ一つのことだ。それを与えるためには、いくつかのルールを破る必要があった。同僚のディナ・マニオティスとともにグレートマシーンに頼ってあるプランを作った。バス事故はニューヨーク州警察の管轄下にあるヨンカーズで始まり、ニューヨーク市の境界を越えたところで終わったので、どちらの警察も自発的に協力しようとはしなかった。それはできる、家族の安全は確保できると市役所を説得したらニューヨーク市警が参加した。ニューヨーク市警がプロジェクトに加わるや否や、事は迅速に進んだ。市警はニューヨーク州警察と連携して、われわれと家族を現場へ運ぶための大統領級の自動車行列を手配してくれた。
衝突からちょうど一週間後の早朝、家族は宗教上のアドバイザー(そしてOEM、慈済基金会、赤十字)とともにその旅を始めるためにMTAのバスに乗り込んだ。
キャラバン(列をなして移動する一隊)
もし車列を組んだドライブをしたことがないなら、やってみるべきだ。パトロールカーが進行を先導し、バンが続き、その後にわれわれのバスが従い、さらに何台ものバンやパトロールカーが続く。チャイナタウンの中心からニューヨーク市の北端まで全ての赤信号を無視して進んだ。ハイウェイパトロールのオートバイがブーンと音を立てて先回りをし、前方の交差点をブロックするので、われわれは一度も止まらなかった。世界史上、カナル・ストリートからヨンカーズの境界まで、土曜日の朝のわれわれほど速く走った者は誰もいない。
車列は衝突現場から100ヤード南のニューヨーク・ステート・スルーウェイの西側の路肩にゆっくりと停車した。数分後、家族たちは明るい朝の太陽の中に現れて、バスが止まった高速道の標識の近くの現場へ歩みを進めた。そこで頭を剃髪し着流しのオレンジ色のローブをまとった僧侶たちが入念な葬儀を始めた。彼らは香を焚き、詠唱し、歌った。シンバルが鳴った。家族たちは白と青と赤の祈祷旗を振り、布切れと皿に盛った食物を供えた。
ニューヨーク州警は高速道の車線を封鎖してそのためのスペースを作ったので、南行き車線はのろのろと這うような速度になった。運転手たちは儀式をちらりと見るので、さらにゆっくりとなった。その光景はすぐに北行き車線をも減速させることになり、フロントガラスから驚くべき有様を見つめる物見高い人たちで一杯の駐車場にしてしまった。
(続く)
翻訳:杉野文俊
この連載について http://www.risktaisaku.com/articles/-/15300
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