2013/01/25
誌面情報 vol35
基本は代替戦略、網羅的に経営資源を見直せ

東京海上日動リスクコンサルティング上席主席研究員気象予報士・指田朝久氏
Q、噴火は、その規模や火口の位置、発生の時期などによって社会に及ぼす影響がまったく異なる。企業はいかに備えればいいか?
確かに噴火は、規模が大きかったり小さかったり、そのスケールにかなりの幅があり、影響が異なる。2011年には、霧島火山群の新燃岳で噴火があったが、この数十年間、企業活動にも大きな影響を与えたのは、雲仙普賢岳(長崎県)有珠山、(北海道)三、宅島(東京都)3つ。のこれらに共通しているのは、噴火が局所的であったことだ。
基本的に企業の事業継続戦略は、「早期復旧戦略」「代替戦略」との大きく2つに分けられるが、溶岩や火砕流、噴石の被害など直接的な被害範囲に存在する企業においては、噴火期間がよほど短くない限り、まず早期復旧戦略はあり得ない。したがって、こうした被害が及ぶエリアの中にある企業としては、代替戦略を用いて、一旦エリアの外に出て操業するか、あるいは噴火の期間は、企業としては一旦店じまいをして、じっと我慢をして、被害が完全に収まってから再開するしかない。
例えば、有珠山の洞爺湖温泉街では、噴火をしている間は、まったく仕事ができなかったし、温泉が経営資源なので、代替場所で営業することもできなかった。三宅島は全島避難となり、その場にいることすらできなかった。これは仕方がないことだ。
一方、代替ができる企業もある。例えば、有珠山の場合、金融機関の支店がいくつか閉鎖になったが、代替戦略として、付近の別の支店に移動して事業を続けたし、他の地域の店を借りて事業を続けた企業もある。つまり、業種と、代替ができるかどうかによって、大きく戦略が異なることになる。これは噴火に限ったことではなく、地震でも同じだ。

Q、何から始めればよいか?
主だった活火山は、基礎的自治体などによってハザードマップが作られているので、それを確認してみることだ。ただし、問題は富士山や浅間山の場合など、局所的な被害では収まらずに、降灰などがかなり広範囲に及ぶ場合だ。関東ローム層というのは、富士山、浅間山(長野県群馬県)榛・、名山(群馬県)赤城山、(同)などの火山灰でできているわけだから、関東平野は基本的には火山灰が降り積もる地域といえる。
降灰が広範囲に及ぶ場合は、かなり大変な状況になることが考えられる。政府では、首都直下地震などに備え、首都中枢機能のバックアップ拠点を大阪や札幌、仙台、名古屋、福岡などの政令市に置くことを検討しているが、地震に限らず、富士山の噴火でも、降灰がひどい状況ならば、首都機能が損なわれ、オペレーションがまったくできなくなり、こうしたバックアップが必要になる可能性はある。交通機関は麻痺し、灰を吸い込んでコンピューター機器はダメになり、通信が機能しない、停電が起きるなど、事業活動においては非常に困難を極める状況になることも考えられる。その影響が続いている間は、関東地方では仕事ができないと想定しておいた方がいい。 そうなると、基本的には、代替戦略を考えるしかない。しかも、関東圏の外に、本社機能なり、・・製造生産サービス拠点を持っていくことがポイントになる。
Q、実際に降灰があったとしても、それほど壊滅的な被害にならないことも考えられる。
基本的には、何が起きるかは分からない。噴火の予知ができたとしても、規模や影響までその時点で予測することはできない。だとしたら、噴火が来ると分かった時点で、念のために関西なり別拠点に移してしまうというのが正解だ。仮に1㎝程度の灰でも、おそらく始末に負えない。水をかけて流せば下水がつまるし、コンクリートだらけの都市部では灰の除去だけでも大変な作業になる。
予兆の時間は、どのくらいあるかは分からない。カ月程度ある場合も1あるし、有珠山は2日ぐらいで噴火した。それぞれの火山ごとに特徴があるので、事前にいつでも代替体制に移行できるくらいの準備をしておいて、予兆をつかんだ時点で、最悪のケースを想定した行動をしないと手遅れになる。 首都直下地震でも、今想定されている規模の被害が起きれば、交通機関の麻痺、電力のひっ迫、燃料不足などにより首都圏はほとんど機能しなくなることが想定される。火山なら長期に噴火活動が続く場合はさらに深刻で、食料や水も供給されなくなることは十分考えられる。
Q、中堅、中小企業にとってはかなり過酷な状況と言える。
それは仕方がないことだ。中堅や中小企業で、大企業のサプライチェーンにつながっている企業なら、大企業のBCPにくっついて、一緒に移ってしまうという戦略もある。あるいは、関東圏外の同業者に生産委託をしたり、一部工場などを借りる、いわゆる“お互い様BCP”を考えるのも手かもしかない。いずれにしても、発災地の外に出て、代替戦略を取ることに変わりはない。
Q、降灰の直接の被害を受けないとしても、火山近くにデータセンターがあったり、あるいは海外から空輸で物を調達している企業が、噴火によって事業活動が困難になるケースも考えられる。
BCPでは、組織にとって中核となる事業を決め、それに関わる重要業務や経営資源を洗い出す「事業影響度分析」(BIA)の時点で、1つ1つの経営資源をすべて網羅的に洗い出し、その1つ1つについて、その資源がダメになった場合に代替可能か、あるいは早期復旧を図った場合に目標復旧時間を満たせるかどうかをしっかりと分析することが求められる。
これがしっかりできていれば、どの経営資源が被災したとしても対策はとれる。サプライヤーや物流が被災しても代替が可能な体制を整えておかなくてはならない。ところが、首都直下地震しか想定していなくて、東京で作られている部品だけの代替調達を考えていたら、まったく別の場所で起きた災害により調達が止まり、製品の製造ができなくなってしまう。
これまで日本は多くの企業がBCPの理解を容易にするため地震による被害を想定する「リスクアセスメント」から検討に入った。しかし問題は、その被害想定の範囲に含まれる経営資源にのみ対策を講じたことにより、対策に抜けもれが生じてしまったことにある。これが東日本大震災で大失敗した1つの原因だ。つまり、ある失敗した企業では、宮城沖地震という脅威を前提としたことで、それほど震度が大きくならないと考え、生産拠点そのものが強い揺れや津波で被災するという想定はされていなかった。
「想定地震」を置く方法でBCPの検討を進めた場合は、継続的改善により他の規模や発生地における地震、別のリスクなどに想定を拡大し戦略や対応を見直していくことを推奨しているが、まだ、多くの企業が、このステップをやれていないように思う。本格的に抜け漏れを防ぐために今、日本企業がやるべきことは、BIAを徹底的にやり直すことだ。
BIAができ重要業務を支える経営資源のすべてで代替策や早期復旧策がなされた段階で、はじめてリスクアセスメントを行うことが有効になる。仮に、BIAの時点で、それぞれの部品の代替調達まで考えていたとしても、富士山の噴火という具体的なリスクをあてはめてみることで、その調達手段が本当に実現可能かを検証できるようになる。例えば、長野にある会社が、南関東で生産されている部品を北関東から代替調達する計画を作っていたとした場合、富士山の噴火をあてはめてみると、南関東からも北関東からも調達できない可能性があることに気づく。
Q、リスクアセスメントはどのレベルまで想定すべきか?
基本的には、既に発表されている火山のハザードマップについては一通り見た方がいい。なぜなら、自社が噴火の影響を受けなくても、重要なサプライチェーンが火山の近くにあって、噴火の影響を受けることは十分に考えられるからだ。噴火の期間がどれくらい続くかは分からないので、シビアなシナリオを作っておいた方がいいだろう。しかし、ハザードマップのない火山がいきなり噴火することもあり得るので、その意味でもBIAが重要になる。
それから、これは考えてもある意味仕方がないことだが、噴火には実はもっと想定を超える「破局噴火」と呼ばれる規模のものがある。北海道の支笏湖や屈斜路湖、東北の十和田湖など、いわゆる巨大カルデラをつくり出すタイプで、西では桜島、阿蘇などが、過去にこうした噴火を起こしている。このくらいの規模になると、火砕流の及ぼす被害だけでも広大となり、日本全土が火山灰に覆われることも考えられ、対策に限界はある。
ただ、それよりももっと現実的なアイスランドの火山噴火による欧州航空路のマヒ事例などを参考に、1週間ぐらいすべての空輸が止まることを想定して対策を考えてみることは有効だ。
Q、予兆があるという意味ではパンデミックに似ているのではないか?
パンデミックは世界的に被害が広がる点で異なる。噴火は世界的に気温を下げるということを除けば破局噴火でもない限り、被災地はかなり限定されるはずだ。富士山が噴火したとしても、関西では問題がないだろうし、日本の3分の2ぐらいは、それほどの直接的な影響は受けないだろう。だからこそ、非被災地の製品供給を止めない、経済を止めないことが重要になる。
Q、被災地での復旧なども大きな課題だ。
有事が起きてしまうことは仕方がないことだ。もちろん被災地でやらなくてはいけないことは山ほどある。人道的な対応として要援護者の救護の問題や、水や食糧の調達は、地震以上に過酷になることは十分に考えられる。農業も数年間は壊滅的になるかもしれない。しかし、これらはBCPと一旦切り離して考える必要がある。繰り返しになるが、BCPの検討で重要なことは、まず非被災地の仕事を止めないことだ。
Q、企業によっては、ライフラインを担ったり、自治体と共に復旧にあたらねばならない企業もある。
被災地では、人命の安全が第一になるので、社会機能維持者と、それ以外の業種では対応が異なる。社会機能維持者は社員などの安全を確保した上で、市民の生活を守るために政府や自治体の指示のもと協調した対応が求められる。
この場合、自社単独で事業を継続することは考えにくく、同業他社などとの連携による対応を取ることになる。ただし、自治体や病院、その他多くの社会機能維持者に決定的に欠けている思想に、「受援」の考え方があるように思う。つまり、自社が無事と想定して、応援に行くこと、復旧にあたることの計画策定は熱心なのだが、自分が被災をするとの前提で、どのように応援者を受け入れるかという体制が整備されていない。
アメリカではICS (Incident Command System:危機対応指揮システム)によって、相互支援の考え方も標準化されているが、日本はまだ普及していない。医療関係でもDMAT(災害時派遣医療チーム)では標準化されているが、一般的な病院機能の相互支援・受援の標準化はこれからである。自治体や病院なども含めて、いきなり火山などの被害想定でいろいろ心配することより、まずBIAを実施し、そして身近な地震や水害の被害に際してのBCPそのものの足元を固めることが必要と考えている。
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