2020/04/10
事例から学ぶ
海外出張者300人の命を守る安全管理者の仕事

三井E&Sホールディングス(東京都中央区)
造船とディーゼルエンジンを主軸にグローバル事業を展開する三井E&Sグループの海外出張者は常時300人。商談、設計、製造、現地工事、メンテナンスで世界中を飛びまわり、危険とされる国への出入りも多い。渡航の安全を守るには各国の社会情勢や治安情報の正確な把握と社員への的確な指示が不可欠だ。その危機管理ノウハウは新型肺炎感染の拡大下でも発揮されている。
(※本文の内容は3月3日取材時点の情報にもとづいています)
https://www.risktaisaku.com/feature/bcp-lreaders
中国全土の出張を禁止したのは1月29日。このとき外務省の渡航中止勧告はまだ湖北省のみで、浙江省温州市を追加したのが2月14日だから、国のはるか先を行く判断だ。
根拠はある。「1月末に社員から浙江省舟山群島への出張希望が来たので現地の情報を調べたところ、渡し船が止まっていることがわかった。すでに武漢とその周辺は出張禁止にしていましたが、ほかの地域にもローカルな交通手段の停止がある。このことを重くみました」。人事総務部環境安全室主管の奥山元氏はそう説明する。
判断の決め手になったのは、アメリカの動きだ。時を前後して、アメリカ国務省が武漢の米総領事館の職員に退避を指示、派遣するチャーター機に民間人の搭乗も促すというニュースが流れた。直後、同省が発した中国全土への渡航禁止勧告。「ここに至り、ためらう理由はなくなった」
役員と話をして中国全土を対象とする出張禁止と出張者の退避を、2月3日には駐在員にも退避を指示。根底には、ニュース映像から感じる不気味さもあたったという。「湖北省の感染者数に対して周囲の省が少なすぎていると感じた。とても大丈夫と思えなかったうえ、中国の医療事情が悪いことも知っていました」
独自判断が常に政府の先を行く

同社は2018年に分社化した旧三井造船グループの持株会社。各事業会社の連携強化とグループ全体の戦略構築を担う。造船とディーゼルエンジンを主軸に世界各国で産業機械、プラント、インフラなどの事業を展開するグループは、傘下企業100社以上、従業員約1万3000人、売上高約7000億円。多様な製品の設計・製造、現地工事、メンテナンス、商談のために常時約300人が世界各地に渡航する。拠点駐在員も多い。そうした海外勤務者の安全を守るのが、奥山氏の役割だ。
中国に限れば、出張者は常時10~20人、ほかに駐在員が約10人。現地で原因不明の肺炎が流行しているのをニュースで知ったのは、昨年末だった。
「1月以降、武漢に出張者がいないことは毎日確かめていた。1月7日には、産業医の先生に頼んでいるヘルスレポートのネタとして、この原因不明の肺炎を紹介したんです。もっとも、このときにはこれほどの影響が出ると思っていませんでしたが」
事態が急変したのは1月24日だ。WHOは『新型ウイルス肺炎は現時点で緊急事態にあたらない』としていたが、一方で中国政府が武漢市から近接する3都市への交通遮断を決定。「一度入ったら出てこられない」という危険を認識するに至り、即日、社内メールで武漢と周辺地域への出張禁止を発信した。
その数日後、中国全土を対象に出張禁止と退避を指示することになるのは前述のとおり。折しも、日本政府が飛ばしたチャーター機で武漢からの邦人が帰国し始めたのと同じタイミングだ。
https://www.risktaisaku.com/articles/-/29287
※5月12日の危機管理塾は終了いたしました。
事例から学ぶの他の記事
おすすめ記事
-
白山のBCPが企業成長を導く
2024年1月1日に発生した能登半島地震で震度7を観測した石川県志賀町にある株式会社白山の石川工場は、深刻な被害を受けながらも、3カ月で完全復旧を実現した。迅速な対応を支えたのは、人を中心に据える「ヒト・セントリック経営」と、現場に委ねられた判断力、そして、地元建設会社との信頼関係の積み重ねだった。同社は現在、埼玉に新たな工場を建設するなどBCPと経営効率化のさらなる一体化に取り組みはじめている。
2025/08/11
-
三協立山が挑む 競争力を固守するためのBCP
2024年元日に発生した能登半島地震で被災した三協立山株式会社。同社は富山県内に多数の生産拠点を集中させる一方、販売網は全国に広がっており、製品の供給遅れは取引先との信頼関係に影響しかねない構造にあった。震災の経験を通じて、同社では、復旧のスピードと、技術者の必要性を認識。現在、被災時の目標復旧時間の目安を1カ月と設定するとともに、取引先が被災しても、即座に必要な技術者を派遣できる体制づくりを進めている。
2025/08/11
-
アイシン軽金属が能登半島地震で得た教訓と、グループ全体への実装プロセス
2024年1月1日に発生した能登半島地震で、震度5強の揺れに見舞われた自動車用アルミ部品メーカー・アイシン軽金属(富山県射水市)。同社は、大手自動車部品メーカーである「アイシングループ」の一員として、これまでグループ全体で培ってきた震災経験と教訓を災害対策に生かし、防災・事業継続の両面で体制強化を進めてきた。能登半島地震の被災を経て、現在、同社はどのような新たな取り組みを展開しているのか――。
2025/08/11
-
-
-
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/08/05
-
-
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2025/08/05
-
-
カムチャツカ半島と千島海溝地震との関連は?
7月30日にカムチャツカ半島沖で発生した巨大地震は、千島からカムチャツカ半島に伸びる千島海溝の北端域を破壊し、ロシアで最大4 メートル級の津波を生じさせた。同海域では7月20日にもマグニチュード7.4の地震が起きており、短期的に活動が活発化していたと考えられる。東大地震研究所の加藤尚之教授によれば、今回の震源域の歪みはほぼ解放されたため「同じ場所でさらに大きな地震が起きる可能性は低い」が「隣接した地域(未破壊域)では巨大地震の可能性が残る」とする。
2025/08/01
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方