2017/06/12
安心、それが最大の敵だ
「コロネル・エヌ・ヤスエ」と人道主義
保護活動に尽力する安江大佐には、異民族、異宗教だからという区別はない。それは彼の世界観と温かい人間性に根差している。誰彼の区別なく味方になった。それを誰に対しても崩そうとはしなかった。イスラム教徒にも、白系ロシア人にも、安江大佐は国家を超越して保護の手を伸ばした。彼が願っているのは、すべての人に、特に恵まれぬ人々、しいたげられた民族に、安んじて生きられる世界を与えることにあった。それ一点に彼は全精力を注ぎ込んだ。「それが五族協和・王道楽土という満州国建設の大目的に合致することだ」と信じ抜いていた。
1940年9月、日独伊三国同盟が成立した。ドイツは、満州と上海とを結んだ安江大佐の避難ユダヤ人救助作戦に対し、これは同盟関係を無視する非友好的な行為だと厳重な抗議を申し込んできた。陸軍中央(東条英機陸軍大臣)は即座に安江大佐をクビにすることで、ドイツに媚(こ)びを売った。安江は抗議もむなしく、以後は憲兵に監視される要注意人物となった。だが、その後も勇気と信念をもって、しいたげられた人びとの保護に力を尽くした。
国家に反逆した安江の努力は多くのユダヤ人を救った。救われたユダヤ人たちが、民族の続く限り感謝と敬慕を贈る証として、その人が異民族・異宗教であることを忘れ、ゴールデン・ブックに「コロネル・エヌ・ヤスエ」(N.安江大佐)の名を記した。至誠をもって高潔な人道主義を貫いた安江に対する最もふさわしい贈り物となった。敗戦間際、ユダヤ人有力者を通じて、彼は和平工作を行ったという。それはユダヤ人や白系ロシア人を救出したように、一億玉砕という暴挙から日本人を救うための、生命を賭した最後の努力であった。
その悲願も空しくなった1945年8月、多くの高級軍人・官僚がさっさと逃げ出す満州にあって、逃れられたにもかかわらず、安江大佐はそこに踏みとどまった。敗戦後の1950年、安江はハバロフスクの捕虜収容所で病死した。
(参考文献:「歴史探偵 昭和史をゆく」半藤一利、PHF文庫)
(つづく)
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