大陸と大洋の境界付近

5月になると、日本列島付近に強い低気圧が現れにくくなるのはなぜか。それは、日本列島の存在位置に関係がある。日本列島はどのようなところにあるか?と問われたら、何と答えるか。いろいろな答えがあり得るが、気象の観点から言うと、大陸と大洋の境界付近で、大陸の東縁にあるという事実が重要だ。

日本列島付近からその東の海上にかけては、北米大陸の東海上とともに、「ストームトラック」と呼ばれ、温帯低気圧の発達が著しい領域に当たる。その特徴は、大陸の東側で、寒気と暖気がせめぎ合う温度勾配の大きい領域となっていることである。その構図が顕著になるのは寒候期で、大陸上で涵養された寒気が暖流の流れる大洋上に流れ出し、寒気と暖気が衝突して低気圧を発達させる。しかし、暖候期になると寒気と暖気の配置が逆になる。すなわち、大陸と大洋の温度差が減少し、同じ緯度でみると、大陸の方が大洋より高温になる。このため日本列島付近では、暖候期には温帯低気圧の強い発達があまり起こらない。5月は寒候期から暖候期に切り替わった直後の時期で、低気圧の発達はむしろ大陸の内部で起こる。

写真を拡大 図3 アジア大陸東部における発達した低気圧の出現数(統計期間:1956~1991)。中心気圧990hPa未満(網掛けは980hPa未満)の低気圧の月別合計回数を棒グラフで示す。折れ線グラフは大陸(北緯50°東経120°)と大洋(北緯30°東経140°)の海面気圧の平年値の年変化

筆者が以前調べた、アジア大陸東部における発達した低気圧の出現数を図3の棒グラフで示す。ここでアジア大陸東部とは、中国大陸東部、中国東北部、モンゴル、沿海州およびシベリア東部(おおむね北緯60度以南)であり、36年間の午前9時の天気図に表示された中心気圧990ヘクトパスカル未満の低気圧の数を月別に棒グラフで示している。大陸上で発達する低気圧は春と夏に多く、秋と冬はごく少ないことがはっきり表れている。

図3にはまた、大陸と大洋をそれぞれ代表する地点における海面気圧の平年値の年変化を折れ線グラフで記入している。この図から、寒候期と暖候期とで大陸と大洋の海面気圧の高低関係が逆転することが明らかである。これは、とりもなおさず、大陸と大洋の温度の高低関係が寒候期と暖候期とで逆転することに対応しており、季節風の吹き方が夏と冬とで逆転することに対応している。

おわりに

1954年5月10日、「ゴ・ヒト・マル」のメイストームは、低気圧の強い発達が起こりにくいはずの5月に、大陸の内部ではなく日本列島付近に現れたという点で、極めて特異な現象であった。現在は1954年当時とは異なり、電子計算機の発達と相まって数値予報の技術が進歩し、低気圧の異常な発達を事前に予測できないということはまず考えられない。

現代において防災の観点から重要なことは、常に気象情報に気を配り、災害の可能性を早めに察知して対策を講じることだ。本事例のメイストームのように、急激に発達しながら速いスピードで接近する温帯低気圧の場合は、少しの油断と対応の遅れが悲惨な結果につながりかねない。特に、船舶の場合は、退避するのに相当な時間を要するから注意が必要だ。船舶は、すぐには戻れないのである。

気象情報を提供する側の人間も、船舶のように、防災対応に相当な時間を要する利用者がいることに留意し、適切なリードタイム(先行時間)を確保して警戒を呼び掛ける必要がある。情報の送り手と受け手とが、うまく連携してこそ、防災は功を奏する。