2017/06/19
安心、それが最大の敵だ

復旧・復興への未解決問題
首都直下地震に対応した首都の復旧・復興計画として何が必要なのか。具体的な問題点は次の通りである。「大災害と復旧・復興計画」(北海道大学大学院教授、越沢明)から引用する。
2.東京には1927年に都市計画が決定し、1946年に計画変更した放射線状の幹線道路でまだ未整備の区間が残されている。また、幹線道路よりも下のランクの補助線道路が都市計画決定されていながら、今なお実現せず、用地買収も実施されていない区間がかなり広範囲に存在する。幹線道路と補助線道路は東京のインフラの生命線である。事業主体は東京都である。
3.防災公園、防災広場における飲み水の確保とトイレ対策である。これは細かい事柄に見えるが、実際は人間とって深刻である。公園での耐震貯水槽の設置が急がれる。
4.都心や駅前の再開発、大きなオフィス、病院、介護施設、公共施設の新築に際しては、少なくとも数日間、可能であれば1週間の自家発電に対応できる発電機と燃料タンクの設置を義務付けるべきである。従来の自家発電機は停電時の臨時用で、大震災は想定していなかった。耐震貯水槽や雨水貯水槽の設置を奨励した方がよい。
5.首都直下地震対策に備えた防災まちづくりを今後、持続的に推進するためには、区役所と連携して、区役所の事業を代行可能な公的まちづくり組織が必要である。都内の一部の区では、密集市街地や工場跡地などの整備を、防災公園と住宅開発をセットで行う防災公園街区整備事業をUR(都市再生機構)が担当している。
6.首都には多数の在外公館が存在している。海外企業の駐在員、海外マスコミ関係者、その家族、留学生など外国人が多い。在外公館が集積する地域の安全性とライフラインの迅速な復旧には特別な措置が必要である。アジア人の労働者や留学生が多い副都心や下町でも救援や生活相談にも特別な配慮が必要である。
歴史的に見ても、地盤から見ても、東京の大地震・大津波の被災は都心・下町と臨海部を直撃する。都心(千代田区周辺)・下町・臨海部の支援・復旧・復興のための司令塔は新宿にある都庁では遠すぎて、現地の状況をつかめない。都心・下町・臨海部の支援・復旧・復興のためには、都心に都庁の防災庁舎(第2都庁)がどうしても必要である。
要人はヘリコプターを利用できても、一般職員は道路閉塞の中で新宿と都心を徒歩で行き来するのは無理である。東京のような巨大な大都市では新宿の都庁舎と別の防災庁舎の2眼レフの防災司令部が必要である。
首都直下地震の非常時に際しては、首相官邸、都知事、防衛大臣、警視総監、経団連会長、有力国大使、大手マスコミ社主などの間で、情報交換と意思疎通が円滑にいき、齟齬(そご)が生じないことが、首都東京の大混乱を最小限に食い止めるカギである。
いずれの考察も、専門家の適切な至言・助言であり、真摯に受け止める必要があろう。
ところで、災害時における「垂直避難」への取り組みを紹介したい。茨城県境町の水害避難タワーである。水害の被害には洪水の拡散型と貯留型がある。境町は典型的な貯留型である。同町は利根川左岸にあり江戸期を通じて水運で繁栄した。今日その面影はないが、低地や沼地の埋め立て地が広がっている。貯留型は避難の逃げ道が閉ざされるため近隣自治体への広域避難は不可能である。そこで水害避難タワーに誘導する「垂直避難」が妥当との結論に至った。具体的に見てみよう。
2015年9月の関東・東北豪雨の被害を受けて、境町(人口2万4336人・3月末現在)は、今年度中に庁舎西側に水害避難タワー「境地区指定緊急避難場所」を建設する。同タワーは避難者200人を収容できる。整備費は1億6281万円。
関東・東北豪雨時では、同町旧市街で人口の集中する町庁舎の西南側付近(低地)が1週間近く冠水や浸水被害を受けた。万一利根川が決壊すれば、庁舎は5メートル以上も浸水すると見られている。泥沼に沈むのである。建設されるタワーは建築面積112m2。高さ14.5mで高床式の鉄骨2階建て。1階は地上から8.25メートルの高さがあり、災害時の2日分の食料や飲料水、災害用資機材を備蓄する倉庫となる。
1階の一部と2階が避難場所になる。庁舎の3階と避難場所は渡り廊下で結ばれる。自家発電設備も設置される。費用は国の交付金と町債、ふるさと納税の収入を充てる。同町防災安全課では、関東・東北豪雨の教訓から、利根川決壊も含めた最悪の事態を想定した対策をとった。水害で犠牲者を出さないようにし万全を期したい、としている。水害避難タワー建設は茨城県内の利根川沿いの自治体では初めである。
(参考文献:「大災害と復旧・復興計画」北海道大学大学院教授、越沢明、「茨城新聞」2017年3月2日付、「朝日新聞」茨城版、同前)
(つづく)
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