2013/09/25
誌面情報 vol39
宮城県山元町 山元民話の会 庄司アイさん
震災の記憶を民話で伝える
宮城県山元町には、民話の力に惚れ込み、地域の文化や歴史を次代に引き継ぐ活動を続ける「山元民話の会」がある。代表は、同町に嫁いで半世紀以上になる元保母の庄司アイさん(78歳)。「心を動かす教育こそが本物の教育」と語る庄司さんは、津波被害の歴史を後世に残そうと、住民有志と「巨大津波」を共同で著した。柳田
國
男が確立した民俗学と同様の力を持つ民話を通じて、津波災害のリアルなエピソードをご体験ください。(編集部)
民話は残った 庄司アイ
犬って臆病なんですね。生後4カ月のニッキ(柴犬・オス)が、おりをやぶって飛び出し、キャン、キャンって鳴いて私のいた居間を、足ぃすべらせ、すべらせ走り狂ってました。まんぜろく、まんぜろくって、大声で呪文を唱えたのにも、効き目なく大きくて長い地震でした。
私は「こんなに大きな地震だもの、津波くるッテ」って、夫に声をかけても、動転してしまった夫からは返事もない。
そんで「テレビを消せ」って、大きな声を出す。私は「情報がわからないでしょう」って、ラジオを居間に持ってきてボリュームをあげた。
孫娘のかな恵(中2)は、友達の荒さん宅に行ってて不在。その時、私の心は孫を待つことでいっぱいだった。荒さんは、必ず車で送ってくれる方でしたし、迎えに行ったら行き違いになることも頭をよぎったから。
食器棚なんかはロックが掛かってくれたが、コップなんかは崩れていたし、棚や箪笥の上の物が落ちて足の踏み場もないほど。玄関と座敷のお雛様も倒れてしまってた。
私が退職してから、製作をつづけた木目込みの人形たちなんで、夫もすぐに手をかしてくれたが、「こんな、飾り物なんていらない。まんぜろくなんて、全く効き目なかった」って、興奮がひどい。
北海道の孫から電話がかかってきたのには2人で対応したが、東京の孫からのには、ハイハイ、モシモシで、不通となってしまった。
間もなく荒さんが、2人の娘さんとかな恵を車にのせて来てくれました。外に迎えに出て、女5人抱きあって泣きました。娘3人は、体の震えも心臓のたかなりも止まりません。5、6分話したと思う。
かな恵はニッキを抱き、二人で車を見送りに前に出たら東隣の方で、何かあったか気がかりな車が見えて、心配になったのです。が、一度中に入ってからと思って玄関口に上がった時、「ばあちゃん津波―っ、早く早く、二階にーっ」ってかな恵が駆け込んで来たのです。
一瞬ふりかえると、1キロ前方、自動車学校の西の耕土を、もくもくと黒い瓦礫の塊が西に寄せてきたんです。「津波・津波って、海の水がくるんだよ」って思いつつも、「早く、早く」の声で、夫も不審気に「なーにー」って、私に続いて階段を上がりました。夫は振り返りたかったのでしょう、「あぁっ、二階まで水っ」と大声だしました。
2階に、1、2秒早く上ったかな恵の目に入ったもの、それは、隣の横山さん家族の乗った車だったのです。「もう横山さんち駄目だーっ」って、悲嘆一言。
2階にも水が入って、すぐベランダに出た。「家が、動いている、動いている」と、私が声を出しました。その後、3人と1匹、…無言、交わす言葉もなく漂流…。
私は心に何の曇りもなかった。「おしまいのときだ」と。そして、「私の人生、悔いはない。晩年は民話などやっていて、いい人生だった」。そういえば、「お諏訪さまの大杉の話、小鯨の話、舟越し地蔵さまの話」、大昔の人が伝えた「大津波」の話だったなあ。民話を語ってくれた先人たちは「民話の一つひとつには根拠がある」っておしゃってたことも思い出しました。
家はすぐ、戸花山の麓、そして山沿いを北に流れた。でもおかしい。いつも通る景色がない。家が続いていたはずの麓には、1軒もない。そのうち、竹林、孟宗の竹林が見えた。やっぱり、ここは戸花山。戸花を過ぎても北へ流れ赤坂といわれているあたりまで流された時、ずっと上、西の方に数軒の家が見えた。
「あっ、あの奥の方には、宮城病院がある。息子たちは大丈夫なんだ。よかった」と思った時、「あれっ、もしかして、ノアの箱舟」…。
でも、でも、私はノアのように正直者ではなかったなあ、だから神様は助けてはくれない。でも、本当に不思議なんです。先祖さまや兄弟、友人、たくさんの方が私に来て付いてくれている不思議な雰囲気を感じていたのです。そして、さっき、かな恵を送ってくれた荒さんの家族、駅前の弟家族に思いをめぐらしていました。「助かってほしい」と。
家は傾きながら、東にぐんぐん流れました。私の目に清掃センターの建物と百メートルの煙突がちらっと見えて、間もなく家は南向きに前のめりになって、止まったのです。
やっと3人が目をあわせました。べランダにも水があがっていました。視界のあるかぎり瓦礫の海で立木もなければ家もない。流されて傾いた家が近くに2軒ありました。
おすすめ記事
-
-
-
3線モデルで浸透するリスクマネジメントコンプライアンス・ハンドブックで従業員意識も高まる【徹底解説】パーソルグループのERM
「はたらいて、笑おう。」をグループビジョンとして掲げ、総合人材サービス事業を展開するパーソルグループでは、2020年のグループ経営体制の刷新を契機にリスクマネジメント活動を強化している。ISO31000やCOSO-ERMを参考にしながら、独自にリスクマネジメントの体制を整備。現場の業務執行部門(第1線)、ITや人事など管理部門(第2線)、内部監査部門(第3線)でリスクマネジメントを推進する3線モデルを確立した。実際にリスクマネジメント活動で使っているテンプレートとともに、同社の活動を紹介する。
2024/07/23
-
インシデントの第一報を迅速共有システム化で迷い払拭
変圧器やリアクタなどの電子部品や電子化学材料を製造・販売するタムラ製作所は、インシデントの報告システム「アラームエスカレーション」を整備し、素早い情報の伝達、収集、共有に努めている。2006年、当時社長だった田村直樹氏がリードして動き出した取り組み。CSRの一環でスタートした。
2024/07/23
-
「お困りごと」の傾聴からはじまるサプライヤーBCM支援
ブレーキシステムの開発、製造を手掛けるアドヴィックスは、サプライヤーを訪ね、丁寧に話しを聞くことからはじまる「BCM寄り添い活動」を2022年度から展開している。支援するのは小規模で経営体力が限られるサプライヤー。「本当に意味のある取り組みは何か」を考えながら進めている。
2024/07/22
-
-
危機管理担当者が知っておくべきハラスメントの動向業務上の指導とパワハラの違いを知る
5月17日に厚生労働省から発表された「職場のハラスメントに関する実態調査報告書」によると、従業員がパワハラやセクハラを受けていると認識した後の勤務先の対応として、パワハラでは約53%、セクハラでは約43%が「特に何もしなかった」と回答。相談された企業の対応に疑問を投げかける結果となった。企業の危機管理担当者も知っておくべきハラスメントのポイントについて、旬報法律事務所の新村響子弁護士に聞いた。
2024/07/18
-
基本解説 Q&A 線状降水帯とは何か?集中豪雨の3分の2を占める日本特有の現象
6月21日、気象庁が今年初の線状降水帯の発生を発表した。短時間で大量の激しい雨を降らせる線状降水帯は、土砂災害発生を経て、被害を甚大化させる。気象庁では今シーズンから、半日前の発生予測のエリアを細分化し、対応を促す。線状降水帯研究の第一人者である気象庁気象研究所の加藤輝之氏に、研究の最前線を聞いた。
2024/07/17
-
-
災害リスクへの対策が後回しになっている円滑なコミュニケーション対策を
目を向けるべきOTリスクは情報セキュリティーのほかにもさまざま。故障や不具合といった往年のリスクへの対策も万全ではない。特に、災害時の素早い復旧に向けた備えなどは後回しになっているという。ガートナージャパン・リサーチ&アドバイザリ部門の山本琢磨氏に、OTの課題を聞いた。
2024/07/16
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方