技術者の倫理~天才的土木技師・広井勇と恩師W・ホィーラー~

高崎 哲郎
1948年、栃木県生まれ、NHK政治記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)となる。この間、自然災害(水害・土石流・津波など)のノンフィクションや人物評伝等を刊行、著作数は30冊にのぼる。うち3冊が英訳された。東工大、東北大などの非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技師の人生哲学を講義し、各地で講演を行う。現在は著述に専念。
2017/10/10
安心、それが最大の敵だ
高崎 哲郎
1948年、栃木県生まれ、NHK政治記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)となる。この間、自然災害(水害・土石流・津波など)のノンフィクションや人物評伝等を刊行、著作数は30冊にのぼる。うち3冊が英訳された。東工大、東北大などの非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技師の人生哲学を講義し、各地で講演を行う。現在は著述に専念。
知識人としての技術者、なかでも土木技術者のあるべき倫理観(モラルバックボーン)を改めて問う。
明治期の高等教育の中で、札幌農学校(現・北海道大学)は極めて特異な地位を占めている。それはアメリカ人初代教頭(英語ではPresident)ウィリアム・S・クラークのキリスト教を精神的支柱にすえた教育方針を無視しては考えられない。アメリカ人教授陣の指導の下に創建された明治初期の国立高等教育機関は他に例を見ないのである。
南北戦争に将校として従軍し戦火を潜り抜けた体験を持つ50歳の壮年クラークは2人の気鋭の教え子を教授として選び同行させた。彼らマサチューセッツ農科大学出身のウィリアム・ホィーラー(William Wheeler、1851~1932)とディビッド・P・ペンハローがクラークをよく支え彼の方針を理解して進んで事業を展開したことは特筆に価する。二人とも品行方正な紳士であった。
「少年よ、大志を抱け!」(Boys, be ambitious!)。この著名な惜別のことばを残して去ったクラークは、太平洋往復の長旅などの日数を除けば、わずか8カ月間同校の運営や学生指導にあたったに過ぎない。
広井勇(土木工学者、1862~1928)をはじめ内村鑑三(キリスト教指導者)、新渡戸稲造(国際経済学者)など後に名を成す学生11人は同校2期生であり、クラークの去った後の入学で直接指導を受けていない。クラークの後を受けて教頭に就任したのが土木工学者ホィーラーである。弱冠26歳。2期生たちは4年間の学生生活のうち3年間、教頭ホィーラーの教育方針のもとに勉学や学外活動に励んだ。キリスト教の洗礼を受けた彼らは、クリスチャンとして生きていくことを誓い合った。
アメリカ東北部ニューイングランドに花開いたリベラルで宗教心の厚い社会環境に育ったホィーラーは、学生に「独立心」「自由な精神」を教えた。彼の郷里マサチューセッツ州コンコードは、イギリス植民地の自営農民が独立戦争に立ち上がった地として、またエマソンやソローなど19世紀アメリカを代表する文学者や哲学者を生んだ地として広く知られる。
彼は数学、土木工学、英語を担当したが、理工科に偏った教育をとらず全人格的な教養主義を柱とした。人類愛と独創的発想こそが教育の原点であり、東洋的暗記主義や権威主義は学問の進歩をもたらさないことを教えた。
ホィーラーは北の大地の大自然に学生を連れ出し実習を行っている。「大自然こそ最高の教師である」と教えた。土木技師ホィーラーは、上下水道技術のパイオニアとしても知られる。彼が開発した水質浄化システムは「ホィーラー式浄化濾床」(Wheeler filtration bottoms)として著名である。彼が発明し特許をとった機器類は100点を越える。
彼は教育者として以外に、北海道開拓使のお雇い土木技術者として北の大地の開発や近代化のために多くの実績を残した。今日、札幌時計台(国指定重要文化財)として知られる演武場の設計をはじめ科学的気象観測法の導入と観測所の設置、模範納屋(モデルバーン)の建設、橋梁の設計施工、河川改修、道路・鉄道建設への現地調査や提言など、青年技師の実績は数えあげたらきりがない。
“To live in Truth toward all mankind with helping hand, kind heart , just mind”(「全ての人々に分け隔てなく支援の手、親切な心、正しい精神をもって接し『真理』に生きる」)。若き教授ホィーラーの愛唱句でありモットーでもあった。新渡戸稲造は後年回顧して言う。「人の使い方といい、復命書の議論の立て方といい、又文章の規律の正しいことといい、今更(いまさら)懐古すれば、クラークを除きては、外国教師中この人(ホィーラー)の右に出づるはなかるべし」(北大百年史編集ニュース)。国際的教養人新渡戸の観察眼はさすがに鋭い。ホィーラーは期せずして「人は何をなすべきか」を教えたのである。
安心、それが最大の敵だの他の記事
おすすめ記事
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方