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昨年12月、名古屋市内にあるホテルの地下駐車場で、二酸化炭素を含む消火用ガスが噴出し、駐車場でエレベーターの改修作業に当たっていた作業員が死亡した。今月1月23日には、東京港区のビルの地下駐車場で同じく消火設備の点検作業中に二酸化炭素が充満し2人が死亡する事故が発生した。二酸化炭素消火設備は、地下駐車場などの空間のほか、電気室、IT室など、水を使用したスプリンクラー設備が設置できない場所等にも使われている。どのようなものなのか。リスク対策.comでは、同設備の問題点について、12月25日付けで消火設備に詳しい牧功三氏のインタビューを取り上げたが(https://www.risktaisaku.com/articles/-/44316)、今回は、その仕組みや操作方法、注意点について、元東京消防庁警防部長で一般財団法人消防防災科学センター危機管理室参与、現在、”Safety Life Creator”として活躍する佐藤康雄氏に解説してもらった。

 

災害は忘れた頃にやってくる

昨年12月と今年1月に改修・点検作業中の二酸化炭素消火設備に起因する事故が2件連続しました。残念ながらこれらの事故では3名の作業員の方が亡くなり、亡くなられた作業員の方には心からご冥福をお祈りいたします。

二酸化炭素消火設備の誤放出による死亡事故は、私が東京消防庁の試験講習場で消防用設備等の設備士試験・講習業務を担当していた頃にも起きており、その当時のことがデジャブのように想いだされました。現在の私は、消防を退職して、孫からもらった”Safety Life Creator” という称号を胸に、日本の安心、安全を高める活動をしています。

「天災は忘れた頃にやってくる」というのは、物理学者・防災学者の寺田寅彦氏が残した有名な警句です。今回の二酸化炭素消火設備の誤放出事故は天災ならぬ人災ですが、天災でなく人災でも昔の事故の教訓と対応を忘れた頃に起きたのではないかという思いがあります。まさに「災害は忘れた頃にやってくる」です。今後同様の事故が起きないようにとの願いをこめて、私の思いを記させていただきます。

地球温暖化への対応と二酸化炭素消火設備の誤放出事故対応

時代が昭和から平成に変わる頃、二酸化炭素消火設備の消火薬剤の誤放出事故が連続的に発生しました。当時は、消防用設備等の点検を行っていた時に、二酸化炭素消火設備が設置してあるのとは別の区画(部屋)に二酸化炭素消火薬剤が放出され、その部屋にいた作業員が亡くなってしまったというような事故と記憶しています。

この頃、地球のオゾン層の破壊による温暖化への警戒が強まり、「オゾン層の保護のためのウィーン条約」に基づき、その具体的規制方法を定めた「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」においてオゾン層を破壊する特定物質にハロン消火薬剤(ハロン1211、1311及び2402)が指定されました。

このことから、平成4年と平成7年の二段階の使用抑制措置を経て、平成12年1月以降はハロゲン化物消火設備・機器は基本的に全廃することとされました。

ハロゲン化物消火設備の消火原理は、ハロゲン化物の熱分解によって生成したハロゲン原子が炭化水素などの燃料から発生した水素と反応してハロゲン酸になり、このハロゲン酸はさらに活性な水酸基と反応してその活性を奪い、燃焼の連鎖反応を止める抑制作用により消火を行うものです。ハロゲン化物消火薬剤は高価でしたが、噴出時の人への毒性が無く(消火後の生成物は毒性があると言われています)、消火能力も高くてこれを使った設備・機器は消防的には理想的なものでした。残念ながらこの効率的な燃焼抑制作用が、はるか上空のオゾン層を継続的に破壊して温暖化を加速してしまうことが判明して使えなくなってしまったのです。

当時の消防庁では、このような状況を踏まえて「ハロン抑制対策検討委員会」を設置し、平成3年8月16日付けで「ハロゲン化物消火設備・機器の使用抑制等について」(消防危第88号、消防予第161号)という通知を出しています。

この中では、前記の使用抑制について記述するとともに、ハロゲン化物消火設備の代替消火設備・機器についても記されています。代替設備として次の6つの消火設備の留意事項が記載されています。

(1) スプリンクラー設備 
① 電気絶縁性がない
② 水損がある
③ 制御装置等の機器内、フリーアクセス床内等で水が回らない部分の対応を要する

(2) 水噴霧消火設備
① 電気絶縁性がない
② 水損が大きい(排水設備が必要)
③ 機械式駐車場に設置する場合、配管施工が困難な場合が多い

(3) 泡(高発泡)消火設備
① 電気絶縁性がない
② 人の出入りする場所では、安全対策が必要である
③ 泡の積み上げ高さに限度がある(実績では20mまで)
④ 駐車場、指定可燃物を貯蔵し、または取り扱う場所及び危険物施設では、形態がさまざまであり、それぞれの技術基準を作るには実験が必要となる
⑤ 消火後の泡の処理が大変となる

(4) 泡(低発泡)消火設備
① 電気絶縁性がない
② 機械式駐車場に設置する場合、配管施工が困難な場合が多い
③ 消火後の泡の処理が大変となる

(5) 二酸化炭素消火設備
① 人の出入りする場所では、極めて高い安全対策を施す必要がある
② 油絵等の美術品に消火薬剤が直接放射された場合、変質する可能性がある
③ 消火薬剤貯蔵容器を置く場所の面積が、ハロゲン化物消火設備のおおむね三倍程度となる

(6) 粉末消火設備
① 人の出入りする場所では、安全対策が必要である
② 装置機器内に付着した消火薬剤を除去することが困難である
③ 第三種粉末については、腐食性が大きい
④ 機械式駐車場に設置する場合、配管施工が困難な場合が多い
⑤ フリーアクセス部には、他の消火設備の対応が必要である

以上のように、代替する消火設備について詳細に検討し、ハロゲン化物消火設備という理想の消火設備を廃絶するための留意事項が丁寧に示されていました。

特筆すべきは、上記の二酸化炭素消火設備では「人の出入りする場所では、極めて高い安全対策を施す必要がある」と他の設備よりも高い安全性を指摘していることです。さらに、このことは項を改めて次のような具体策も記載しています。大切な内容なので原文のまま記載させていただきます。