2016/11/13
誌面情報 vol49
訓練では黒子に徹する
NPO法人「災害・医療・町づくり」は2001年、阪神・淡路大震災の教訓から任意団体「静岡地区災害時医療連絡会(静災連)」として設立。当初は連合町内会と医師が中心となったトリアージ訓練やクラッシュ症候群の普及啓発に取り組んでいた。トリアージに関して市民に説明し、概ね好評を得ているなか、ある市民から「うちの地区はこうやって先生や看護師の方々がトリアージをしてくれて、安心だね」という反応が返ってきたという。
安田氏は「私はこの言葉を聞いて反省した。本当に災害が起きた時には我々は病院にこもってしまうし、救護所に来てトリアージができるわけはない。我々は訓練では黒子に徹しなければいけないと考えた」と話す。そこで、まず開業医などで構成される静岡市医師会を動かすことにした。しかし300人の登録があるなか、当初集まったのは防災担当者の3人だけ。実際に災害が発生した時に救護所でトリアージを行うのは彼らがメインになる。安田氏は最終的には町内会に頼み込み、市民に医院に直接行ってもらい、訓練に参加してくれるよう説得してもらったという。現在では、半数以上の医師が訓練に参加するようになった。
小学生にトリアージを教えることで災害対応の底上げを

もう1つ安田氏が力を入れているのが、小学校、PTAを中心としたトリアージと災害時医療の普及だ。2007年から開始し、今年で8年目を迎える。まず、学区の地図に県が発表したハザードマップを重ね合わせ、地滑り、土砂崩れなど自分たちの地域にどのようなリスクがあるのかを教える。そして地区の被害者想定に対する医師の数、救急車、消防車などの現実の数を提示する。例えば藤枝市(合併前)を見てみると表のようになる。

このように自分の地域の状況が見えてくると、子どもたちも教師が驚くほど真剣になるという。訓練では、トリアージとともにクラッシュ症候群についても学ぶ。クラッシュ症候群に陥った時に必要なのは水分補給だ。体の一部を圧迫されたものが解放されると、一気に水を吸い込んでいき、体の水がすべてそちらに持って行かれてしまう。阪神・淡路大震災時でもクラッシュ症候群を診療した医師は1時間毎に500mlから1000mlの大量の輸液をしたという。生徒たちには救出している時にも、救出した後もできるだけ水を飲ませるように指導している。

小学校への災害医療教育は、すぐの効果にはつながらないが、毎年繰り返し行うことで防災意識を持った人材を育てることに加え、PTAも参加して家庭で話題に上ることで、災害対応にもっとも参加してほしい30代、40代世代の啓蒙になっているという。
安田氏は「初めは子どもたちに教えてわかってもらえるか不安だったが、やってみたら非常に熱心に取り組んでくれた。校長や学校の先生は転勤でいなくなってしまうので、7年経った今では子どもたちの方がトリアージについて理解している。彼らが大人になった時が楽しみだ」と子どもたちの成長に期待する。
(了)
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