2016/08/09
誌面情報 vol50

オリンピックを脅かす危機というと何を思い浮かべるだろうか? テロ、観客の雑踏、大規模な事故、あるいは自然災害やサイバーセキュリティなども挙げられるだろう。過去のオリンピックではどのような危機があったのか?
編集部注:「リスク対策.com」本誌2015年7月25日号(Vol.50)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年8月9日)
オリンピックをねらったテロは過去に何度か発生している。1972年ミュンヘン五輪では、選手村がパレスチナ系の武闘組織「黒い9月」に襲撃され、選手・コーチら11人、犯人5人が死亡し、警察官1人が殉職する惨事が発生した。
オリンピックのテロ事件といえば必ず取り上げられる事例だが、対応の問題点としては、人質救出作戦に従事した警察官のほとんどが地元の一般警察官であり、現場指揮官や実行者にはテロ対策などの高度な専門訓練を受けた経験がほとんど無かったことなどが指摘されている。
旧西ドイツ政府はこの手痛い事件を教訓として、対テロを目的とした専門部隊「GSG9(第9国境警備群)を設立している」(現在の連邦警察GSG-9)。

1988年のソウル五輪では、前年(87年)に大韓航空機が北朝鮮の工作員が仕掛けた爆弾によってアンダマン海上を飛行中に爆破されて墜落、乗客乗員115人全員が死亡した。犯行の動機はオリンピックを妨害することであったとされている。
1996年のアトランタ五輪では、開催中に会場近くの公園が爆破され2人が死亡、100人以上が負傷した。2003年に容疑者が逮捕されているが、同性愛者やユダヤ人、外国人の排斥をとなえる「アーミー・オブ・ゴッド(神の軍隊)」という準軍事組織グループのメンバーだった。さらに、2012年のロンドン五輪では、サイバー攻撃によって会場を停電させるという脅迫が届き、関係者を震撼させた(実際には攻撃は行われなかった)。
2014年のソチ五輪では、イスラム過激派グループによるテロを警戒して4万人の兵士や警官による厳重な危機管理体制が敷かれたが、ここまで危機意識が高くなったのも、前年にオリンピックを意識したと思われる路線バスや駅舎の爆破テロ事件が相次いだためだと報じられている。
一方、自然災害については、過去のオリンピックで大会期間中に大災害が起きた事例は聞いたことがない。ただ、2008年の北京五輪で開会式が晴天となるよう当局が「人工消雨ロケット弾」を発射したことは記憶に新しい。
大会直前に災害や大規模な事故が起きた事例はいくつもある。中国では、大会が始まるわずか3カ月前に、9万人近い死者・行方不明者を出した四川大地震が起きている。ちなみに、この年は1月25日に中南部で50年ぶりと言われる雨雪と異常低温による雪害が発生し、農業を含む産業全般に甚大な損害を与えた。さらに、3月14日にはチベット自治区の首府ラサでチベット族による暴動が発生し、国内外で抗議活動が繰り広げられ、聖火リレーにも影響を及ぼした。
アメリカでは2002年のソルトレイクシティ五輪の前年、同時多発テロが発生している。アメリカは国の威信をかけて、このオリンピックの成功を図った。オリンピックの保安活動には、州兵や警察など約1万6000人が動員され、警備費用約3億ドル(約400億円)と過去最大規模の警備体制となった。
もっと大きな危機を考えれば戦争がある。1916年に開催予定だったベルリン五輪、1944年のロンドン五輪はいずれも第一次・第二次世界大戦により中止。1940年に予定されていた東京五輪も、日中戦争の影響で開催権を返上した歴史がある(日本の代わりにフィンランドでヘルシンキ五輪が開催された)。
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