2016/05/11
誌面情報 vol50
災害時にトイレの備えがなければ安全配慮義務違反?
「企業には従業員に対して安全配慮義務があり、それは災害時も同様。災害時にトイレ施設の維持・管理をすることは企業の安全配慮義務の1つであると考えられる」と話すのは、災害復興や危機管理に詳しい弁護士の中野明安氏だ。

そもそも、災害などの緊急時に、企業に従業員に対する安全配慮義務は発生するのだろうか? 東日本大震災に関連する七十七銀行女川支店津波被災事件(仙台地裁平成26年3月24日判決)では、この問題に対して「被告(事業者)使用者または…は、(中略)…に当たっては、その生命および健康などが地震や津波といった自然災害の危険からも保護されるよう配慮すべき義務を負っていた」とし、事業者の責任を明確化した(図4)。
一方で、災害時には、従業員は自身の安全と家族の安全を確認した後、BCPの担い手として、対策本部の設立、従業員の避難誘導や備蓄の配布、情報の収集、顧客への情報提供などさまざまな業務が発生することが予想される。その時に、もしトイレが使えないまま業務を遂行させ、健康被害が発生してしまえば、企業の安全配慮義務違反にあたる可能性は十分にあるというのだ(図5)。

中野氏は、「トイレがない、またはそのために水分補給を控えるなどすると、健康上大きな問題が出ることは、阪神・淡路大震災でも話題となり、企業として具体的に予見可能な事実である。企業は、災害時のトイレ対策を含めた災害対応マニュアルを作成し、ぜひ訓練を繰り返して欲しい。そのことが安全配慮義務を果たすことになる」と話している。
防災キャンプで楽しく訓練
自社が入居するビルで防災キャンプを開催し、実際に簡易トイレの設置訓練をしている会社がある。世界最大級の金融サービス機関プルデンシャル・ファイナンシャルの一員であるプルデンシャル生命保険株式会社だ。同社では2014年6月の金曜日から土曜日にかけ、一般の社員50人を集めて防災キャンプを実施した。地震が発生し帰宅困難に陥ることを想定し、水・トイレ・食事・照明などが制限されたなかで、備蓄品や初動対応のマニュアルなどを活用して赤坂の同社が入居する「プルデンシャルタワー」で一晩を過ごした。


訓練を企画した同社リスク管理チーム(現ファシリティチーム)の岡本誠治氏は「参加者の当事者意識を上げるため、キャンプの内容は参加者が主体的に決めるように誘導した。楽しく参加できる雰囲気を醸成することで、社員からは「参加してよかった」との声が多数あがり、訓練の継続につなげられた」と話す。
同社では、大きな地震などが発生した場合、まずトイレを全面的に使用禁止にするルールを設けている。そのため、まずトイレに「立ち入り禁止」の貼り紙を掲示し(図6)、トイレの清潔な状態を保つようにする。入居する各フロアの状況を確認した後、状況に応じて数フロアごとにトイレを開放する。

その後、参加者が簡易トイレセットを設置するが、岡本氏は業者とも相談し、簡易トイレの使い方にもひと工夫を凝らした(図7)。通常、簡易トイレは便器に直接ビニール袋を入れ、用を足したら凝固剤を入れて袋を縛り、廃棄すると説明されている。だだし、これだと袋の外側にトイレの水滴が付着し、トイレの衛生状態を維持することが難しくなる。これを防ぐため、まず家庭ゴミ用の45Lのビニール袋をあらかじめ便器部にかぶせることにした。その後、便座を被せてトイレ自体をドライな状態に保つ。これだけで簡易トイレを使用してもトイレに汚れは全く付かず、清潔な状態を保つことができるという。実際に、50人が一晩キャンプし、100回以上トイレを使用した。

岡本氏は「もしトイレの衛生状態が保たれていなければ、いくら訓練でもこれだけ使用されなかったと思う。ひと工夫凝らすだけで、清潔なトイレを維持することができたのでは」と話す。
キャンプでは、最後に普段上ることができないビルの屋上で記念撮影を行った。6月にしては珍しく、素晴らしい天気の朝だったという。

「この写真、みんないい顔してますよね。みんなで楽しくできると、きっと良いことがあるんですよ」と、岡本氏も笑顔でキャンプを振り返ってくれた。今年の6月には社長自らも参加し、社員と一夜を共にしながら第2回目のキャンプを実施したという。
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