第2回 生コンクリート製造業(上)~災害復旧に大きな役割を果たす生コン。BCPの課題は?~
品質保証問題がカギ
小山 和博
外食業、会計事務所勤務を経て、(株)インターリスク総研にて 2007 ~ 2017年の間、事業継続、危機管理、労働安全衛生、事故防止、組織文化に関するコンサルティングに従事。2017 年よりPwC総合研究所に参画し、引き続き同分野の調査研究、研修、コンサルティングを行っている。
2018/05/09
中小企業のBCP見直しのポイントはここだ!
小山 和博
外食業、会計事務所勤務を経て、(株)インターリスク総研にて 2007 ~ 2017年の間、事業継続、危機管理、労働安全衛生、事故防止、組織文化に関するコンサルティングに従事。2017 年よりPwC総合研究所に参画し、引き続き同分野の調査研究、研修、コンサルティングを行っている。
中小企業のBCP(事業継続計画)見直しを探る本連載。第2回目は生コンクリート製造業を取り上げる。
コンクリートというと、一般的には、茶色い大きな袋に入っている砂のようなもので、水と混ぜると硬くなるものというイメージを持っている人がいるかもしれない。正確には、これはセメントである。このセメントに砂利、水、混和材料などを混ぜたものが生コンクリートである。生コンクリートは混ぜた瞬間から化学反応を起こし、徐々に固さを増していく。
ミキサー車は、生コンクリート製造業の工場から建設現場まで、生コンクリートを常時撹拌(かくはん)し、固まることを防ぐために開発された生コンクリート専用の車両運輸具である。最終的に固まった状態のものがコンクリートである。
中小企業実態基本調査※の結果から、現在の生コンクリート製造業を含む窯業・土石製品製造業は以下のように相対評価できる。
※…中小企業実態基本調査は、中小企業庁が年に一回行う中小企業を対象とした経営指標把握のための調査
http://www.chusho.meti.go.jp/koukai/chousa/kihon/
窯業・土石製品製造業の収益性は統計上平均的と判定される一方、現金などの保有高が低く、短期的な事業中断であっても対応できない会社が多いように見える。現在、日本では、東日本大震災からの復興事業や大規模なスポーツ大会に向けた準備事業などの関連で、建設業が活況を呈しており、生コンクリート製造業もその恩恵を受けられるのではという疑問を感じる方もいるだろうが、生コンクリート製造業の実態は非常に厳しいものがある。これはこの業種が販売している製品の性質に由来する。
日本工業規格(JIS規格)は、生コンクリートについて製造後90分以内に打設を開始できる状態で輸送されなければならないと定める。これを実現するためには、ミキサー車は建設現場に製造後60分前後以内で到着している必要がある。一部の自治体では独自規制として更に厳しい制限をかけていることもある。加えて、生コンクリートはJIS規格によりその製造方法、品質基準、試験方法などが詳細に定められており、業者間で品質の違いが出ないように設計されている。
このような事情により、製造業で一般的に採られる「大規模工場を設置し、規模の経済で利益を出す」「独自の製品を開発し、差別化で価格競争から脱却する」といった経営方針が生コンクリート製造業では採用しづらい。製造完了後の配達時間制限があるため、製造設備の拡張は容易ではない。JIS規格への厳格な適合が求められるため、独自商品の開発もできない。調達上の交渉力が高い建設会社との関係で、売価は安値が続く。薄利多売も配送の制約により実現が難しい。このような非常に厳しい事業環境にあるのが生コンクリート製造業の特徴である。加えて、現在は、従業員の高齢化と人手不足が深刻化しており、この状況が今後も長期的に継続する見込みである。
このような業種では、事業が長期間中断する事態を想定した場合、そもそも事業を継続するか否かを熟慮する必要がある。自社の事業基盤に大きな被害を受けた場合、事業を収束するという方針は事業継続計画の1つのあり方であると考える。
一方、生コンクリートは社会に不可欠な存在でもある。特に災害からの復旧では大きな役割を果たすことは間違いない。メンテナンス重視などの公共事業に関する方針の見直しも進められていることを踏まえ、事業を継続するのであれば、協同組合との関係をどうするかが課題となる。生コンクリート製造業は、その業態の零細性から独占禁止法の適用除外を受けており、カルテルの締結ができる。そこで、各地域で形成されている協同組合に加入し、現在の業界秩序の中で事業を継続する選択肢がある。この場合、自社の営業努力というよりも協同組合全体で営業努力を行うことになる。もちろん、協同組合には加入せず、価格競争、市場のセグメントなどの努力により、売り上げを伸ばす選択肢もある。
自社の事業の方向性が定まっていないまま、BCPの策定を取引先から求められたとしてご相談いただくことがある。経営者のリスク許容度、地域ごとの競争環境、労使環境などを考慮したうえで、自社の今後のありたい姿を決め、その姿を実現するために必要な準備をしておくことが、生コンクリート製造業における事業継続の要点である。
先に紹介した通り、生コンクリート製造業の場合、協同組合に加入するかしないかの選択が事業に大きな影響をもたらす。協同組合の組織率、価格交渉力、競争力、商社やデリバリーと呼ばれる中間卸売業者の関与の程度などの実情は地域によって様々であり、協同組合に加入して事業展開する業態(いわゆるイン)と、協同組合に加入せずに事業展開する業態(いわゆるアウト)のいずれを選択するべきか、これは各社の経営判断である。
本稿では両方の場合を取り扱うが、まずは、個社のBCPの見直し方を検討する。アウトの事業者のみならず、インの事業者においても考えておきたいテーマである。
生コンクリート製造業のBCPを考える場合、品質保証が特に重要な課題である。一度打設したコンクリートの品質に問題があることが分かった場合、そのコンクリートは砕いて撤去することになり、大変な労力を要する。これは結果的に補償額の多寡に影響する。このように、生コンクリート製造業は、その単価の低さと比べ物にならないほどの賠償リスクをもともと保有しており、万が一でも品質に問題が発生した場合、深刻な問題に発展することになる。
製造設備の迅速な復旧のみを念頭に置いて、品質保証に関する検討が十分ではないBCPをみかけることがあるが、製造業におけるBCPでは製造と品質保証の仕組みを同時に回復しなければならない。具体的には、原料を確保し、製造工程を動かすと同時に、原料と製造工程内の半製品について、サンプルをとり、検査して、記録をとる仕組みを回復していく必要がある。
このような特徴を踏まえ、生コンクリート製造業におけるBCPを見直す場合のポイントをいくつか示す。
(ア) 自社設備の被害緩和措置
主要な製造設備であるセメント貯蔵設備、骨材貯蔵設備、ミキサー、計量器などに被害が出た場合は、業者に修理依頼するほかないが、機能回復までには相当の時間がかかる。生コンクリートの製造過程ではアルカリ性の排水が出るため、排水中和設備や脱水施設の復旧も操業再開には欠かせない。品質保証に使用する検査器具はガラス製のものが数多くあり、破損のリスクが高いが、どれも操業再開には欠かせない。
各社の立地によって必要な対策は異なるが、水害の危険が高い地域であれば、電気設備だけでも高所に移転するなどの対応策は考えておいた方が良い。電気設備の浸水は設備の交換を要する被害をもたらすことが多く、長期の事業中断を余儀なくされる可能性が高まる。また、転倒や落下の防止が可能なものは可能な限り被害緩和のための対策をしておく方がよい。いつでも買えると思っているものでも、緊急時には入手困難である。
(イ) 迅速な認定機関や官公庁への届け出
建設基準法第37条は建物の重要部分については日本工業規格(JIS)に適合する製品を使用しなければならないと定めており、生コンクリート製造業では、基本的にはJIS規格に基づく厳格な品質管理が求められている。また、最近使用されることが多くなった高強度コンクリートの製造については国土交通大臣による認定(大臣認定)が必要とされている。
緊急時には、原材料であるセメント、骨材などの仕入先にも影響が及ぶことがあり、必要に応じて仕入れ先を変更せざるを得ないことがありうる。原材料の変更は、認証機関や国土交通省への生産条件変更に関する申請が必要になる。この点、通常は承認まで2週間程度の期間を要するが、特例が実施されることも多い。必要な届け出は確実に行えるようBCPに組み込むことが重要である。
(ウ) 遠隔地の同業者との連携
同業他社との連携は、近年事業継続を考える上で必ずテーマに上がる課題となっているが、特に、協同組合に加入していない場合は、緊急時でも自力での生き残りを図っていく必要がある。業態の性質上、アウトの事業者にとって近隣の同業者は激しい競争相手であり、支援を受けることは現実的に考えられない。遠隔地の同業者との連携の方が相互支援の仕組みとして有効である。きっかけは経営者個人の人間関係などに基づくことが多いが、必要に応じて幹部社員が相互に往訪するなど、人間関係を築くことも有効である。
(エ) 業務が中断する場合
業務が中断する場合、従業員に給与を支払うためにも、何らかの収入を確保しなければならない。取引先との間で請負契約を締結するなどで人手だけでも稼働させるなど、急場の資金不足を防ぐ対策が必要である。
また、災害の場合は、厚生労働省の特例により雇用調整助成金などの請求に必要な書類などの手続きが緩和されることがある。社会保険労務士などこの分野の専門家と協議し、必要な資金を確保していくことが重要である。
次回は、協同組合と連携する場合を考えてみたい。
(続く)
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