抑止か? 軍縮か? 核廃絶へのシナリオをどう描く
長崎大学多文化社会学部 西田充教授に聞く

 

長崎大学多文化社会学部教授

西田充氏 にしだ・みちる

福岡市出身。1995年西南学院大学卒業、99年米ミドルベリー国際大学院モントレー校国際政策研究不拡散専攻修士課程修了、2019年一橋大学大学院法学研究科 法学・国際関係専攻博士課程修了。外務省で軍縮不拡散専門官として長年核問題に従事した後、2021年から長崎大学核兵器廃絶研究センター教授、22年同大学多文化社会学部教授。専門は国際安全保障、軍備管理・軍縮・不拡散。著書に「核の透明性―米ソ・米露及びNPTと中国への適用可能性」(信山社)など。


5月19日~21日に開かれたG7広島サミット。ウクライナ情勢や国際秩序の堅持、核軍縮、グローバル・サウスと呼ばれる新興国との関係強化、中国への対応など、山積する課題に実効性のある解決策は示せたのか。ここでは、被爆地で開かれたサミットの意義をかんがみ、核兵器を取り巻く国際情勢を考える。ロシアのウクライナ侵攻で緊張が高まるなか、核使用リスクはどのような局面に来ているのか、核廃絶への有効なシナリオはあるのか。外務官僚として長年核軍縮に従事した経験を持つ長崎大学多文化社会学部の西田充教授に聞いた。

核抑止・核軍備管理・核軍縮は相互補完の関係

――先のG7広島サミットでは、法の支配にもとづく国際秩序の堅持、ウクライナ支援、核軍縮などがテーマとなりました。特に「核兵器のない世界」は被爆地の悲願です。あらためて振り返り、サミットの成果をどう見ますか?
核抑止と核軍縮をめぐる相克は常に難しい問題で、特にロシアのウクライナ侵攻後、両者の対立はますます先鋭化しています。サミットで出された「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」も、核軍縮派の人たちから強く批判されました。

広島ビジョンは、各国の安全保障をふまえたうえで「核のない世界」に向かっていくというメッセージ。この場合の安全保障には、核抑止が含まれます。そして核抑止は核使用を前提とした理論ですから、核軍縮派はそれ自体が許せない、と。心情的にはわかります。しかし現実に核兵器は存在し、ロシアはそれで他国を威嚇しているわけです。

核軍縮の視点からいえば、最善の策は核兵器のいっせい廃絶でしょう。しかし、現在の状況で核保有国がいますぐ同時に廃絶することを合意する見通しはない。いずれかの核大国が一方的に核を放棄すればパワーバランスが崩れ、逆に核使用リスクが高まるジレンマもあります。それは「核兵器は二度と使われてはならない」という被爆地の願いに反する方向です。

ということは、核保有国がいっせいに核兵器を廃絶するまでは、核抑止を効かせるしかない。ただし核抑止を効かせれば核使用リスクはないのかというと、そうはいえません。ロシアがそうであるように、核保有国が常に合理的に行動するとは限らないからです。理解の誤り、判断の間違い、思いがけない事故など、核抑止が破綻する事態は常にあり得る。核抑止が核使用リスクを高めているという言説も、必ずしも間違いではないのです。

では、どのように両者の折り合いをつければよいのかといえば、核抑止を効かせながら、その破綻リスクを抑える安全保障上のツールとして核軍縮・軍備管理をうまく活用し、核廃絶への道を進めていく。つまり、抑止と軍縮を対立させるのではなく、相互に補完させる。その意味で、G7広島サミットのメッセージは妥当なものだったと思います。

ただ、短期的すぎる感じはする。長期目標としての「核のない世界」は明記していますが、そこに至るまでの記述が乏しい。ビジョンというからには、目標達成に至るまでの中間の道しるべがもう少しあってよかったと思います。

G7広島サミットが残したものは何か。「核兵器のない世界」は遠のいたのか、近づいたのか(イメージ:写真AC)

――核軍縮を安全保障上のツールとして活用しながら核廃絶への道を進めるというシナリオですが、核保有大国のロシアが核威嚇を行ったことで核兵器不拡散条約(NPT)は事実上破綻、また新戦略兵器削減条約(新START)もロシアが履行停止し、実効性のある軍縮の動きは止まっています。
核抑止を効かせ、その破綻リスクを極小化しつつ、核廃絶への道を進めていくには、おっしゃるような条約、すなわち核軍縮・軍備管理のツールを適切に使わなければなりません。つまり核抑止・核軍備管理・核軍縮の各ツールを、短期・中期・長期の異なるタイムラインに位置付けながら、適切に運用していく必要があります。

そうした視点で見ると、ご指摘のとおり、短期的には核軍縮・軍備管理のツールは止まっています。ロシアが履行停止した「新START」の有効期間は2026年2月までですが、残り3年で後継条約の合意に至る可能性は低い。一方で中国も、核戦力の増強が完了するまでは核をめぐる交渉に応じないでしょう。冷戦後初めて、核大国間で核軍備管理条約のない世界が到来する可能性が高くなっているのがいまの状況です。

ただ、実効性のある核軍縮・軍備管理の方法を見出すのは確かに困難ですが、できることがないわけではない。それは、条約にこだわらない多国間のさまざまな軍事的・非軍事的協力です。とりわけ「核不使用・威嚇」「核不実験」「核分裂性物質不生産」についての国際規範の形成、維持・強化は、目下の最優先課題でしょう。

あらゆるプレッシャーを与えて核使用のハードルを上げる必要がある(イメージ:写真AC)

拘束力のない規範にいかなる効果があるのかと疑問を呈する向きもありますが、規範がなければそれこそ核使用のハードルが低下する。「『ならず者国家』はどうせ規範を破るから意味がない」というものではありません。規範を強化することで、核使用のハードルを上げるのです。加えて、規範破りに対する非軍事的措置、非難の声を上げたり経済制裁を行ったりすることも必要でしょう。

このように国際社会があらゆる手段を使ってプレッシャーを与える。それによって核使用コストをできる限り上げ、そしてそのことを、力による現状変更を辞さない国家にしっかりと認識させることが重要です。