2013/09/08
防災・危機管理ニュース
首都直下、南海トラフの対策急務
![](https://risk.ismcdn.jp/mwimgs/7/f/670m/img_7ff40b73f9d2b67ac2746d342b48b86c18785.jpg)
2020年のオリンピック・パラリンピック開催地が東京に決まった。東京電力福島第一原子力発電所での汚染水問題が懸念材料ではあったが、見事なプレゼン力で不安を払拭させた。
しかし、いつまでも喜びに浸っているわけにはいかない。東京都はオリンピックによる経済効果を3兆円と試算しているが、大前提として経済被害約112兆円と試算される首都直下地震への対策を終える必要がある。
政府の地震調査委員会は、マグニチュード7級の首都直下地震が30年以内に起きる確率を70%と予想しているが、2020年までの7年間、想定される地震が起きなければ、その数値はさらに高まっていることになる。南海トラフへの対策も急務だ。仮に首都直下地震が起きなくても、それまでに南海トラフ地震が発生し、復興が遅れているようなら、オリンピックが開催できたとしても観光客は極めて少なくなるはずだ。
逆に、首都直下や南海トラフへの対策が十分に進めば、世界一安全な国をアピールすることで、予想以上の経済効果を得ることもできよう。その上で、さらに考えなくてはいけないのが、オリンピック開催期間中における大災害の発生への対応だ。
【2020オリンピック成功までの3ステップ】
① 2020年までに首都直下地震および南海トラフ地震への対策を終わらせる
② オリンピック開催による利益の最大化を図る
③ オリンピック開催中の大災害に対応できるようにする
①の首都直下地震および南海トラフ地震への対応については、再度、目標設定を見直す必要がある。人的被害や建物被害はもとより、国全体としての目標復旧時間を明確にすることが重要だ。オリンピックの開催を成功させることを考えれば、南海トラフなら1年、首都直下地震なら半年程度で80%レベルの復旧を達成させるぐらいのプランを作成せねばならないだろう。もっとも、大前提として福島第一原発の汚染水問題などは早期に解決せねばならない。
②のオリンピック開催による利益の最大化を図るには、まず、地震をはじめとした災害への不安を払拭させる必要がある。つまり、①の取り組みを確実に実行することだ。それにより初めて世界中から安心して日本に来てもらえる体制が整う。さらに、オリンピック期間中の交通渋滞や通信環境の悪化にも対応できるようにしなくてはならない。
![](https://risk.ismcdn.jp/mwimgs/8/1/670m/img_81930ccea5bd8d3f8115eda1c8ef59c828623.jpg)
参考になるのが2012年にロンドンで開催された夏期オリンピックだ。英国では、オリンピック期間中にビジネスを中断させる要因となるさまざまなリスクに備えることで、利益を最大化させることを試みた。具体的な内容は、先日、発行された「被災しても成長できる危機管理「攻めの」5アプローチ」(アース工房)でも詳しく書いたが、要約すると、テロなどの大災害ではなくても、オリンピックのような大イベントは、ビジネスを中断させるさまざまな危険要素を含んでいるということ。例えば、観光客による交通機関の混雑はスタッフの移動を困難にするばかりか、サプライチェーンとの物流を遅延させる。映像のストリーミング配信の増加は、通信の遅延や途絶を招く。
オリンピックの開催中は、多くの企業が、積極的なビジネスを仕掛けるため、操業レベルが通常時より高くなっていると考えられる。一般的なBCPは、いかに早く、通常時の操業レベルに戻すかを考えるが、利益を最大化させるには、100%以上の操業レベルを継続させ、仮に中断しても早期に回復できるようにしなくてはならない。
こうした課題は、インフラ企業だけでは対応ができない。ロンドンでは個々の企業にオリンピックを想定したBCPを策定するようにパンフレットを配布するなどの事前対策を行った。一方で、ロンドン交通局などが混雑を避けることを過度に呼びかけたことで観光客の足を鈍らせたとの指摘もある。実際、英国統計局によれば、ロンドン五輪、パラリンピックが開かれた2012年8月に、海外から英国を訪れた人は前年に比べて5%少ない303万人となった。しかし、これについては英国が抱える特別な事情がある。それは事前対策としては手のつけようがなかった地下鉄問題である。ロンドンの地下鉄は世界で最も歴史が古い。しかし、車両は狭く、冷暖房も完備されていない。日常的にロンドンを訪れている観光客は、そのことをよく知っていて、あえて期間中の観光を避けたのだろう。
最大の課題として立ちはだかるのが③オリンピック開催中の大災害にも対応できるようにすることだ。
オリンピックへの観光客数は、海外から数十万人、国内からは数百万人に上ることが想定される。この数字を現状の首都直下地震の被害想定にあてはめると、例えば448万人と試算されている帰宅困難者数は、倍増することも考えられる。英語や中国語をはじめとした外国語での支援も課題となる。そこまで考えたら国際的なイベントなど、どこの国でも開催することができないとの反論もあろう。しかし、ロンドンの地下鉄事情ではないが、不安を抱けば人は集まらない。
東京オリンピックの開催を1つの契機に、これらの対応を考えてみれば、各組織がばらばらに対策を講じてもどうにもならないことに理解が深まるはずだ。国、自治体、自衛隊、消防、警察、医療、さらにはボランティアなど市民団体が、オリンピックを成功させるという同じ目標に向かい、標準化された災害対応スキルを身に付け、オールジャパンの危機管理体制を構築することが急務である。
国内の各地方都市は、オリンピックを機会に、東京に集まった観光客をいかにそれぞれの地方都市に呼び込み地域経済を活性化させるかを考えていることだろう。ならば、万が一の被災時に備え、応援・協力体制も含めて首都機能を守ることに手を貸すべきだ。そのことにより、オリンピック開催時だけでなく、平時から地域が活性化する道も開かれる。それも利益を最大化させる「攻めの危機管理」と言えよう。
リスク対策.com 編集長 中澤幸介
☆アマゾンでも好評発売中
「被災しても成長できる危機管理「攻めの」5アプローチ」(アース工房)
購入はこちらから⇒https://www.shinken-store.com/html/products/detail.php?product_id=127
防災・危機管理ニュースの他の記事
おすすめ記事
-
-
-
3線モデルで浸透するリスクマネジメントコンプライアンス・ハンドブックで従業員意識も高まる【徹底解説】パーソルグループのERM
「はたらいて、笑おう。」をグループビジョンとして掲げ、総合人材サービス事業を展開するパーソルグループでは、2020年のグループ経営体制の刷新を契機にリスクマネジメント活動を強化している。ISO31000やCOSO-ERMを参考にしながら、独自にリスクマネジメントの体制を整備。現場の業務執行部門(第1線)、ITや人事など管理部門(第2線)、内部監査部門(第3線)でリスクマネジメントを推進する3線モデルを確立した。実際にリスクマネジメント活動で使っているテンプレートとともに、同社の活動を紹介する。
2024/07/23
-
インシデントの第一報を迅速共有システム化で迷い払拭
変圧器やリアクタなどの電子部品や電子化学材料を製造・販売するタムラ製作所は、インシデントの報告システム「アラームエスカレーション」を整備し、素早い情報の伝達、収集、共有に努めている。2006年、当時社長だった田村直樹氏がリードして動き出した取り組み。CSRの一環でスタートした。
2024/07/23
-
「お困りごと」の傾聴からはじまるサプライヤーBCM支援
ブレーキシステムの開発、製造を手掛けるアドヴィックスは、サプライヤーを訪ね、丁寧に話しを聞くことからはじまる「BCM寄り添い活動」を2022年度から展開している。支援するのは小規模で経営体力が限られるサプライヤー。「本当に意味のある取り組みは何か」を考えながら進めている。
2024/07/22
-
-
危機管理担当者が知っておくべきハラスメントの動向業務上の指導とパワハラの違いを知る
5月17日に厚生労働省から発表された「職場のハラスメントに関する実態調査報告書」によると、従業員がパワハラやセクハラを受けていると認識した後の勤務先の対応として、パワハラでは約53%、セクハラでは約43%が「特に何もしなかった」と回答。相談された企業の対応に疑問を投げかける結果となった。企業の危機管理担当者も知っておくべきハラスメントのポイントについて、旬報法律事務所の新村響子弁護士に聞いた。
2024/07/18
-
基本解説 Q&A 線状降水帯とは何か?集中豪雨の3分の2を占める日本特有の現象
6月21日、気象庁が今年初の線状降水帯の発生を発表した。短時間で大量の激しい雨を降らせる線状降水帯は、土砂災害発生を経て、被害を甚大化させる。気象庁では今シーズンから、半日前の発生予測のエリアを細分化し、対応を促す。線状降水帯研究の第一人者である気象庁気象研究所の加藤輝之氏に、研究の最前線を聞いた。
2024/07/17
-
-
災害リスクへの対策が後回しになっている円滑なコミュニケーション対策を
目を向けるべきOTリスクは情報セキュリティーのほかにもさまざま。故障や不具合といった往年のリスクへの対策も万全ではない。特に、災害時の素早い復旧に向けた備えなどは後回しになっているという。ガートナージャパン・リサーチ&アドバイザリ部門の山本琢磨氏に、OTの課題を聞いた。
2024/07/16
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方