2024/03/01
令和6年能登半島地震
燃えやすい木密地域で消火活動が困難に
顕在化した課題 防災の専門家に聞く
東京大学先端科学技術研究センター教授
廣井悠氏

2024 年の幕開けを襲った能登半島地震。輪島市の朝市通り周辺で発生した火災は、消火できずに拡大する延焼が中継され、地震火災の恐ろしさを突きつけた。日本火災学会の調査として現地に入った東京大学先端科学技術研究センター教授の廣井悠氏に、輪島市の大火について聞いた。
何が火災を拡大させたのか
――輪島市の火災現場の状況は。
2016年に新潟県糸魚川市で発生した大規模火災と比べても、燃えが強い印象を受けた。焼失区域内は外形がほとんど残っていない建物も多かった。国土地理院の空撮や現地調査などから輪島市の朝市通り周辺では、おそらく1点から出火し、最終的には道路や空地を含めて約5haが燃えたと現段階で推察している。
当日の輪島市の風速は、17時以降のデータが欠損しているが、16時ごろまでは風速1mくらいの弱い北風だった。その後、ヒアリングによると3~4mの緩やかな南風が吹いていたようだ。そこまでの強風ではなかったように思うが、強風で燃え広がった糸魚川大規模火災を超える面積が焼失している。
出火点が1点で風が弱くても、ここまで延焼したということで、地震時に発生する火災の恐ろしさが顕在化した。
――なぜ、火災は広がったのか。
一つに焼失区域近辺が燃えやすい木造住宅密集地域(木密地域)だったことが考えられる。それが地震の揺れで崩れ、あるいは壊れ、建物がより燃えやすい状態になった可能性がある。つまり、建物の倒壊や外壁のはがれ、瓦のズレなどで木材がむき出しになり、窓のような開口部も壊れて火の粉が入りやすくなった可能性だ。
また、倒壊した家屋は道路にはみ出し、道路の延焼遮断効果を阻害したとも考えられる。加えて、都市部のように地震の際に遮断される都市ガスではなく、各家庭に設置されているプロパンガスのボンベや灯油タンクなどが影響した可能性もある。
二つに消火活動が困難だったことがある。ヒアリングなどによると、地震直後から断水が発生しており、消火栓が使用不能になったようだ。また、水を貯めておく防火水槽の一部には、倒れた電柱が妨げとなり消防隊が到達できなかったとも聞いている。
そもそも、地震の道路被害や走行被害でポンプ車の到着も遅れていた。そして、地震による隆起が影響なのか津波による影響かは不明だが、川の流れが通常の半分ほどしかなく、消火に利用できなかったと報道されてもいる。
一方、風は強くないと考えられ、現地で見た限り、糸魚川市大規模火災と比べて飛び火も多くなかった可能性がある。結果として、燃えやすい地域が地震の揺れによる倒壊でさらに燃えやすくなり、消火栓や一部の防火水槽、川からの取水などが困難になり十分な消火活動ができずに、火災が広がったと考えられる。
――輪島市を含む能登半島沿岸では、地震直後に大津波警報が発せられた。どのような影響が考えられるのか。
津波と大津波警報の影響は、今後の慎重な調査と分析が必要だ。その点を踏まえて話すと、焼失地域はハザードマップによると津波浸水区域に含まれている。住民へのヒアリングから、当時は多くの人が避難していたという。すると、大津波警報での避難が初期の救助活動や消火、延焼防止活動に影響した可能性も考えられる。
ただ、そもそも強震時の初期消火は難しいことが知られており、震度6強だと東日本大震災で23.5%、熊本地震で16.7%しか初期消火ができていない。一方、東日本大震災前の2007年3月25日に発生して震度6強を記録した能登半島地震では、同じエリアの住民のうち50%が地震発生後10分以内に火気器具の火の始末をしたという消防研究センターの調査報告があり、この地域は迅速な初期消火をしていたことが知られている。このとき、火災は発生していない。
今回の地震で「津波が怖くて海水を使っての消火活動が難しかった」との声が報道された。東日本大震災で多くの消防団員が亡くなったこともあり、現場が海に近くて大津波警報が出ていた状況では消防団員が十分に集まらないなど、初期段階での消防活動に何らかの影響があった可能性がある。住民や消防団、公設消防組織へのヒアリング調査などによる、今後の結果を待ちたい。
インタビューの他の記事
おすすめ記事
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
-
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2025/06/05
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方