炎上商法とバズる広告
Appleの広告動画謝罪から学ぶ、企業のリスク
大杉 春子
コミュニケーション戦略アドバイザー 。民間企業・地方自治体・省庁などのパートナーとして、PR戦略の策定から広報物の制作監修まで幅広い支援を行う。日本でのERC普及を目指し、2020年に日本リスクコミュニケーション協会を設立し、国内外の専門家を束ねる。リスク管理からBCP/BCM、危機管理広報までを網羅した新たなリスクコミュニケーションのスキルを持った『リスクコミュニケーター』の育成を展開。
2024/05/25
先行者から学ぶESGコミュニケーション
大杉 春子
コミュニケーション戦略アドバイザー 。民間企業・地方自治体・省庁などのパートナーとして、PR戦略の策定から広報物の制作監修まで幅広い支援を行う。日本でのERC普及を目指し、2020年に日本リスクコミュニケーション協会を設立し、国内外の専門家を束ねる。リスク管理からBCP/BCM、危機管理広報までを網羅した新たなリスクコミュニケーションのスキルを持った『リスクコミュニケーター』の育成を展開。
楽器やカメラ、ゲーム機などが巨大なプレス機で押しつぶされ、最後にiPad Proが登場する。この斬新な動画が公開されると、たちまち「リスペクトが足りない」「クリエイターをばかにしている」などの批判が殺到し、Appleは謝罪を余儀なくされた。
SNSの普及により、企業が発信するコンテンツは、良くも悪くも「世の中ゴト」として多くの人々に触れられるようになった。今や、批判の声が全くない万人受けするコンテンツを作ることなど不可能に近い。
謝罪に追い込まれたAppleの広告は、もし炎上しなかったらこれほど話題になっただろうか?
企業は、コンテンツ制作において常にリスクと機会の間で揺れ動いている。現代では炎上は避けられないものとして対応するほかない。批判の声をどの程度容認するか、世の中の声が二分しても、企業が誰に対して、どんなメッセージを発信したいのかを明確にしておけば、毅然とした態度で静観することも可能だ。
2020年に公開されたナイキの「動かしつづける。自分を。未来を。The Future Isn't Waiting, #YouCantStopUs」という動画を覚えているだろうか? 海外にバックグラウンドを持つ若者たちがいじめや偏見に立ち向かい、スポーツを通じて自己を肯定し、成長していく様子が描かれた。多くの視聴者には感動的なメッセージとして受け取られたが、一部の視聴者はナイキが「日本には存在しない問題を作り上げている」と感じ、不買運動を呼びかけた者もいた。ナイキはこの批判に対して謝罪も動画の取り下げも行わず、自社のメッセージを貫いた。
同じような事例として、2021年のコロナ禍でワクチン接種に対する意見が二分する中、ハイネケンがシニア世代を主人公にした動画「The Night Is Young」がある。ワクチン接種を勧める内容だったため一部の利用者から批判を受け、「#BoycottHeineken(ハイネケンをボイコットしよう)」というハッシュタグで不買運動が拡散した。しかしハイネケンの勇気あるメッセージは、最終的にカンヌライオンズ2022でフィルム部門のゴールド賞を受賞した。
広告戦略において「炎上商法」と「バズる広告」というワードは耳にした方も多いだろうが、その違いは明確に理解しておく必要がある。
炎上商法は、意図的に挑発的な物議を醸す内容を用いて、話題を引き起こし、その結果として広告や商品の認知度を高める手法だ。意図的にネガティブな反応を引き起こすので多くの人々の関心を集める。
一方、バズる広告は認知度を高めるという目的は一緒だが、意図的に批判の声を集める短期的な目標ではない。企業の伝えたいメッセージにユニークなコンテンツやストーリーを用いる。バズる広告は独自性があるため、消費者が自発的にシェアしたくなる内容が多いので、必ず一定数の批判の声が上がる。
もちろん、一部の視聴者に不快な思いをさせた場合には謝罪が必要だろう。Appleも、クリエイターや、物を大切にする文化を持つ日本のステークホルダーが不快になるとは思わなかったから謝罪したのだろう。しかし、批判の声が上がったからといって闇雲に謝ればいいというものではない。企業は毅然とした態度でメッセージを発信し続けることが重要だ。批判的なコメントに過剰に反応せず、ブランドの信念を貫くことで、長期的な信頼と支持を得ることができる。
先行者から学ぶESGコミュニケーションの他の記事
おすすめ記事
3線モデルで浸透するリスクマネジメントコンプライアンス・ハンドブックで従業員意識も高まる【徹底解説】パーソルグループのERM
「はたらいて、笑おう。」をグループビジョンとして掲げ、総合人材サービス事業を展開するパーソルグループでは、2020年のグループ経営体制の刷新を契機にリスクマネジメント活動を強化している。ISO31000やCOSO-ERMを参考にしながら、独自にリスクマネジメントの体制を整備。現場の業務執行部門(第1線)、ITや人事など管理部門(第2線)、内部監査部門(第3線)でリスクマネジメントを推進する3線モデルを確立した。実際にリスクマネジメント活動で使っているテンプレートとともに、同社の活動を紹介する。
2024/07/23
インシデントの第一報を迅速共有システム化で迷い払拭
変圧器やリアクタなどの電子部品や電子化学材料を製造・販売するタムラ製作所は、インシデントの報告システム「アラームエスカレーション」を整備し、素早い情報の伝達、収集、共有に努めている。2006年、当時社長だった田村直樹氏がリードして動き出した取り組み。CSRの一環でスタートした。
2024/07/23
「お困りごと」の傾聴からはじまるサプライヤーBCM支援
ブレーキシステムの開発、製造を手掛けるアドヴィックスは、サプライヤーを訪ね、丁寧に話しを聞くことからはじまる「BCM寄り添い活動」を2022年度から展開している。支援するのは小規模で経営体力が限られるサプライヤー。「本当に意味のある取り組みは何か」を考えながら進めている。
2024/07/22
危機管理担当者が知っておくべきハラスメントの動向業務上の指導とパワハラの違いを知る
5月17日に厚生労働省から発表された「職場のハラスメントに関する実態調査報告書」によると、従業員がパワハラやセクハラを受けていると認識した後の勤務先の対応として、パワハラでは約53%、セクハラでは約43%が「特に何もしなかった」と回答。相談された企業の対応に疑問を投げかける結果となった。企業の危機管理担当者も知っておくべきハラスメントのポイントについて、旬報法律事務所の新村響子弁護士に聞いた。
2024/07/18
基本解説 Q&A 線状降水帯とは何か?集中豪雨の3分の2を占める日本特有の現象
6月21日、気象庁が今年初の線状降水帯の発生を発表した。短時間で大量の激しい雨を降らせる線状降水帯は、土砂災害発生を経て、被害を甚大化させる。気象庁では今シーズンから、半日前の発生予測のエリアを細分化し、対応を促す。線状降水帯研究の第一人者である気象庁気象研究所の加藤輝之氏に、研究の最前線を聞いた。
2024/07/17
災害リスクへの対策が後回しになっている円滑なコミュニケーション対策を
目を向けるべきOTリスクは情報セキュリティーのほかにもさまざま。故障や不具合といった往年のリスクへの対策も万全ではない。特に、災害時の素早い復旧に向けた備えなどは後回しになっているという。ガートナージャパン・リサーチ&アドバイザリ部門の山本琢磨氏に、OTの課題を聞いた。
2024/07/16
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方