3.経営者によるTQCの活用

前述の東京大学石川馨教授の弟にあたられる鹿島建設の石川六郎氏は、日本経済新聞の「私の履歴書」に次のように書いておられます。

「私は1978年社長に就任し、ただちに精神作興に取り組むことを社内に宣言した。(中略)具体的手法としてTQC(総合的品質管理)を導入する。私は長兄の馨に相談した。馨はTQCを推進している学者グループの代表の一人だった。QCは米国が本家の経営手法だが、日本では経営者が先頭に立って、全社で取り組もうというTQCに発展した」 

経営者が新しい経営管理手法の導入を手段として、経営体質の改善を行った好事例です。


4.品質管理の導入はなぜ上手くいったのか。 

アメリカから輸入したSQC(統計的品質管理)という経営手法が我が国の企業に定着し、さらに我が国独自のTQC(総合的品質管理)にまで発展した理由について、私は次のように考えています。

①当時の、経営者・管理者・現場には、我が国の技術の後進性が極めて大きいことが認識されており、企業構成員のすべてがSQCの導入に熱心であった。
②日本科学技術連盟を中心として、産、官、学一体となった普及活動が強力に推進された。
③SQCは生産部門という、単一の部門に対する管理手法であったため、経営者の理解も得易く、縦割色の強い我が国企業において、他部門との調整をあまり必要としないで導入が可能であった。
④我が国企業は、もともと生産工程の中に現場を含めて、情報の共有と協調の仕組みを持っていたため、現場を含めて同一の情報を基盤に自発的に生産工程を「改善」して、高い品質と生産性を実現できた。
⑤SQCがまず企業に定着できた結果、SQCの思想・手法を全社に適用して経営の高度化を図る我が国独自のTQC(総合的品質管理)に発展し、全社的な経営管理手法に進化させることが可能となった。 

また、石川教授らは我が国に適した品質管理手法の確立という確固たる思想を持っておられ、この点がTQCに発展し、QCが我が国に定着した最大の原因だと思います。 

一橋大学の佐々木聡教授の『戦後日本のマネジメント手法の導入』(一橋ビジネスレビュー・東洋経済新報社・2002年秋号)では、1955年から開始された、生産性本部の海外視察団のことにも触れられています。当時そのスケールから「昭和の遣唐使」と言われ、受入各国がその熱心さに驚嘆したといわれる視察団は、技術専門の分野から経営管理、中小企業へと範囲を拡大していき、品質管理のみならず、マーケティング、ヒューマン・リレーションズなど多くの経営管理手法が我が国企業に導入されました。 

これらの経営管理手法の導入の中で、日本化に成功した唯一の事例がQC(品質管理)です。当時、SQCを学び、あるいは生産性本部の海外視察団に参加した人々は、既にリタイアし、企業にその精神はほとんど残っていないと思います。今我が国企業の活性化が叫ばれている折から、我々はこうした「戦後日本のマネジメント手法の導入」の歴史を振り返って教訓を汲み取る必要があります。