2019/02/04
安心、それが最大の敵だ

四十四田ダムでヒ素封じ込め
JR盛岡駅から北へ車で20分足らずのところに四十四田(しじゅうしだ)ダムはある。市街地から近い平坦地のダムという特異な立地条件で昭和43年(1968)完成した。昭和16年(1931)に北上川洪水調節を目指して5つのダムが計画されて以来、石淵ダム、田瀬ダム、湯田ダムに次いで4番目に完成したのが四十四田ダムで、本川の唯一のダムである(5番目は雫石川に造られた御所ダム)。
赤く汚濁した流れと共にブヨブヨした浮遊物が北上川上流を下っていく。この汚染水を封じ込める役割を果たしているのが四十四田ダムである。同ダムの主な目的は治水と発電である。松尾鉱山の酸性水は、放っておけば四十四田ダムにも少なからず影響を与える。そこで同ダムを管理する建設省が問題解決に動いた。
注目すべきは「北上川方式」である。同方式の計算式は「8.4Ax」と呼ばれる。北上川の清流化対策を考える上で非常に大切な式である。鉱床に含まれる成分は、鉱山によって異なる。松尾鉱山から流れ出る酸性水には、水素イオン、硫酸イオン、硫酸第一鉄、ヒ素、アルミなどの重金属が含まれている。pH2前後の松尾鉱山の強酸性水をビーカーに入れ、中和剤(水酸化ナトリウム)を加えていき、pH8.4付近になると、水の中に溶け込んでいたほとんどの重金属類は化学反応を起こして底に沈む。この時使用した中和剤の量が「8.4Ax」の値である。酸性水を無害な水にするために、それだけのアルカリ量が必要かということを知るための指標である。中和処理は24時間、365日一時も止めるわけにはいかない。
炭酸カルシウム(炭酸石灰)の使用量は昭和49年度(1974)で4万7000トン、その経費は年間2億4000万円に上った。中和処理方法では24時間人を張り付けておいても、小さい古い施設では全処理水量の3分の1しか中和できない。それを補うために川へ直接投入している炭酸カルシウムは赤い沈殿物とともにどんどん四十四田ダムに貯まっていく。鉄分は硫酸第2鉄になることによって、より沈殿物に変わりやすくなる。
上流から流入する中和沈殿物を貯めることになるだろうとは予測されていたものの、それは予想を大きく超えた。四十四田ダムで大量の「沈殿物」(ヒ素)が封じ込められた。沈殿物と水質は安定している。
「清流化元年」と言われた昭和50年(1975)。その根拠は、その年の水質の基準地点である北上川本川の紫波橋でpH7(中性)を取り戻して以来、水質が安定しているためである。

次の言葉は重い。
「岩手県民の『母なる川』北上川は、清冽な流れをとりもどしつつあるが、これを守り続けるのが県民自身であることを忘れさせてはならない」(「北上川百十年史」(建設省(当時)東北地方建設局)。日本全国にはかつて鉱山が6000ほどもあった。今ではほぼすべてが休廃止鉱山となっている。水処理施設は全国に80カ所あり、そのうち24カ所が義務者不存在鉱山である。廃坑後の後始末を自治体に強いている(2006年調査)。
参考文献:「北上川を清流に」(建設省岩手工事事務所)、「北上川百十年史」(建設省(当時)東北地方建設局)、JOGMEC資料、岩手県関連資料、「濁る大河」(矢野陽子)。
(了)
安心、それが最大の敵だの他の記事
おすすめ記事
-
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/17
-
サイバーセキュリティを経営層に響かせよ
デジタル依存が拡大しサイバーリスクが増大する昨今、セキュリティ対策は情報資産や顧客・従業員を守るだけでなく、DXを加速させていくうえでも必須の取り組みです。これからの時代に求められるセキュリティマネジメントのあり方とは、それを組織にどう実装させるのか。東海大学情報通信学部教授で学部長の三角育生氏に聞きました。
2025/06/17
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方