幕末の遣米使節団、大統領に謁見
民主主義国家を実見した幕臣たちの覚醒と悲運の末路
高崎 哲郎
1948年、栃木県生まれ、NHK政治記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)となる。この間、自然災害(水害・土石流・津波など)のノンフィクションや人物評伝等を刊行、著作数は30冊にのぼる。うち3冊が英訳された。東工大、東北大などの非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技師の人生哲学を講義し、各地で講演を行う。現在は著述に専念。
2019/02/12
安心、それが最大の敵だ
高崎 哲郎
1948年、栃木県生まれ、NHK政治記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)となる。この間、自然災害(水害・土石流・津波など)のノンフィクションや人物評伝等を刊行、著作数は30冊にのぼる。うち3冊が英訳された。東工大、東北大などの非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技師の人生哲学を講義し、各地で講演を行う。現在は著述に専念。
今から約160年前、開国に踏み切った徳川幕府はアメリカに使節団を派遣した。使節団首脳部はじめ従者らサムライ77人には、遥かな異国の地で見るもの、聞くもの、驚きの連続だった。衝撃と言っていい。「民主主義国家」の現場に立った彼らは何に覚醒したのか。今日の日米関係に照らしてみても示唆する事象はないか。ワシントンでの大統領謁見を中心に据えてその意味合いを確認したい。
万延元年(1860)閏(うるう)3月23日(新暦5月13日)。日本使節団を迎える首都ワシントンでは、午前11時半頃、一行を乗せたフィラデルフィア号の船影が見えるようになった。「日いずる国」のサムライが遠路はるばるやってくるとの新聞情報に接していた市民たちは商店や事務所を閉め、職人たちは仕事を休んで船着き場に殺到した。ワシントンはアメリカの政治・外交の中心地で、人口は6万人程度であった。
正午頃、フィラデルフィア号はワシントンの海軍造船所の上陸場に到着した。船首の上甲板に待機した軍楽隊はアメリカ愛国歌(「ヘイル・コロンビア」)を高らかに演奏し、砲台から祝砲17発が轟音を響かせた。船着場には4000人もの見物客が押しかけてきており、警察官が交通整理に大わらわである。一行の道を開けるのに一苦労であった。
使節一行は上甲板に姿を見せ首都の様子をうかがった。河岸には歩兵一連隊や騎馬隊一隊が出動しており、それぞれ一列に整列して日本使節団の上陸を待った。正使・新見(しんみ)豊前守、副使・村垣淡路守、監察・小栗豊後守の三使と幹部は応接担当のデュポン陸軍大佐やその他の士官に案内されて上陸すると、ブキャナン提督に迎えられた。提督はペリー提督が黒船艦隊を率いて来日した時、同行したのであった。
新聞記者も取材に忙しく、反対側の二階造りの家には写真師が構えていて、日本人の上陸の様子をさかんに写真に収めている(サムライ一行は新聞記者の存在を知らない)。ワシントンは早くも歓迎ムード一色である。一方で、厳重な警戒も怠らない。使節団一行の驚きと戸惑いは高まる。
使節団は、黒山のような市民や列を作って警備している兵隊の間を歩いていくと、美しく飾り立てた四頭立ての馬車が待機していた。正使新見と副使村垣はデュポン大佐と同じ馬車に乗り、監察小栗と勘定組頭森田岡太郎とが同車し、その他の下役らは2~3人ずつ同車した。軍楽隊の演奏とともに馬車の列は動き出した。
海軍造船所の門を出て市街に入ると、首都の華麗な街並みが眼前に現れてきた。日本人の馬車一行が姿を現すと、「カーン」「カーン」と鐘の音が街に響きわたる。使節団に敬意を表するためである。馬車の行列は8kmほど走って宿舎前に到着した。旅宿となったのはワシントンでは最大・最高級のウィラード・ホテルである。5階建ての広壮・優美な建物で、中心街の14番街とペンシルヴェニア通りが交叉する地点にあった。三使に用意された部屋は3階の特別室である。小栗は15畳分もある華麗な部屋に足を踏み入れて驚くとともに、日本にも外国に恥じない立派な洋式ホテルを建てたい、としきりに思った。副使村垣は「日記」に記した。
「閏3月15日(新暦5月15日)、この宿もしばらくここで滞在するかと思うと、船の中よりも気持ちが落ち着いてきた。ガラス窓を通して見ると軒下は往来の男女が絶え間なく、さすが都のこととて馬車も多く賑やかである。石を敷いた道路を鉄輪をはめた馬車が駆けていくので、とてもうるさい。今日は副大統領が面会にやってきた。そして国会議事堂は外国人は入れないことになっているが、特別に使節を招待することに決定したと言っていた」。
三使は大歓迎に心を奪われているゆとりはなかった。小栗は<浮足立ってはいられない>と自らを戒めた。最重要な外交案件が目前に迫っているのである。
安心、それが最大の敵だの他の記事
おすすめ記事
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2026/09/15
防災は面白くないと広がらない
地震が起きたとき、スマートフォンに通知された情報を頼りに避難を判断することが多いだろう。緊急地震速報の情報から、いまどのように動くべきかを判断できる、そんな身近な危機管理を習慣づけた1 社が、アールシーソリューション(東京都新宿区)だ。2010 年に提供開始したスマートフォンアプリ「ゆれくるコール」は、緊急地震速報を受信できるアプリとして多くのユーザーが利用している。代表取締役の栗山章さんは、数多くのユーザーに防災の重要性を広めてきた一方で、ビジネスとして成り立たせる難しさにも直面してきたという。これまでのサービス開発の経緯や、防災ビジネスへの価値観を聞いた。
2026/09/09
被災施設への再入場判断「戻ってはいけない」では解決しない避難後の問題
大地震が発生し、安全な場所へ避難して一息つくと、人々には「ひとまず危険のピークは過ぎた」という根拠なき安心感が芽生える。そして、さまざまな理由で「避難してきた場所に戻りたい」といった気持ちが生じる。しかし、被害がどの程度なら戻ってよいのかについての明確なルールや事例は、どこを探してもあまり見当たらない。 国には応急危険度判定という仕組みや、施設管理者が建物を緊急点検するための指針などもある。が、これらは避難直後の「戻りたいニーズ」に応える仕組みではない。ここに、避難直後の「再入場」という古くて新しい問題がある
2026/09/09
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2026/09/07
暗黙知を形式知へ、10年の徹底改善が生きた
熊本市の工務店・新産住拓株式会社(小山英文社長)は、2016年の熊本地震や近年相次ぐ豪雨災害を通じて災害対応を磨き上げてきた。発生当日は、約3割の社員が定休日で社長も不在という条件下にもかかわらず、地震発生から50分で社員の安否確認をおおむね完了し、2時間後にはホームページや顧客専用サイトで被害受付を開始した。
2026/08/24
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方