「ブラック企業」は、2ちゃんねる掲示板への書き込みをもとに若者の間で広まった言葉ですが、最近では、新聞、雑誌、テレビなどのマスメディアでも取り上げられることが多くなっています。企業にとって、世間からブラック視されることのリスクは大きく、社会的信用を失ってしまうことにもなりかねません。 

そこで、本シリーズ最終稿となる今回は、「ブラック企業」批判を受けないためのリスク対策について説明します。

編集部注:「リスク対策.com」本誌2015年3月25日号(Vol.48)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年6月15日)

1、広がる「ブラック企業」問題

(1)ブラック企業とは
「ブラック企業」という言葉に確たる定義はありません。従前は、舎弟企業やフロント企業など、暴力団などの反社会的勢力と繋がりをもつ企業を指す言葉として使われてきました。しかし、近時では、大量採用・大量離職の実態がある若者を食いつぶす企業、若者の使い捨てが疑われる企業などを指す言葉として使われるようになっています。リーマンショックなどで雇用条件が悪化したことを背景に、2008年ごろから若者を中心に広まり、2013年には流行語大賞に選ばれました。 

そして、「ブラック企業に関する調査」(日本労働組合総連合会2014年11月公表)では、20代・30代の若者の3人に1人が、自分の勤務先について「ブラック企業」だと思うと回答しています。

(2)ネット上の「ブラック企業」批判

ネット上の「ブラック企業」批判は、枚挙にいとまがありません。たとえば、「みんなの就職活動日記」や「転職会議」など、就活生・転職者向けの情報サイトでは、「ブラック企業」に関する情報交換が盛んに行われています。

また、作家、弁護士、大学教授などで構成される団体が運営する「ブラック企業大賞」では、過労自殺が発生した企業などを「ブラック企業大賞」にノミネートし、WEB投票に加えてリアルの会場での投票も行い、大賞受賞企業の表彰式を行うなどして注目を集めています。 

以前は、企業内で過労自殺などの深刻な労働問題が発生しても、マスメディアで取り上げられることがなければ、それが明るみにでることはほとんどありませんでした。しかし、ソーシャルメディアやスマートフォンが普及したインターネット新時代においては、企業内で起きた労働問題が従業員やその家族、知人などにより、ブログやSNSなどを利用してネット上に書き込まれ、それがネットユーザによって拡散されることで、広く一般に知れ渡り、その結果、企業が「ブラック企業」などの批判を受けるケースが多くなっています。

(3)官民による「ブラック企業」対策 
「ブラック企業」が社会問題化するなか、厚生労働省も若者の使い捨てが疑われる企業への重点監督(行政による立ち入り指導)を実施するなど、「ブラック企業」対策に乗り出しています。監督指導に応じない企業についてはハローワークで求人を扱うのをやめ、悪質な場合には、送検して企業名を公表するなどの方針を示しており、今後はさらに、「ブラック企業」に対する取り締まりが強化されるものと思われます。 

他方、民間においては、NPO法人が若者への労働法などの知識の普及を目的として、採用、賃金、休日、解雇などに関する知識を問う「ワークルール検定」を実施しています。また、全国の弁護士らが「ブラック企業被害対策弁護団」を結成し、ブラック企業の被害者からの相談に応じて法律上のアドバイスを行ったり、被害者が多い企業に対する集団訴訟の提起を検討するなどの活動を行っています。

2、企業が受けるマイナスの影響

ひとたびネット上で「ブラック企業」であるとの噂が広まれば、その企業のイメージダウンは必至です。ネット上に「ブラック企業」と書き込まれると、どれだけ有名な企業であっても、応募者が減少し、内定辞退者が出ます。「人材格差」が「企業格差」をもたらす時代において、「ブラック企業」の烙印を押されることは、経営の最重要課題である人材の確保において、多大なマイナスの影響を受けることとなります。 

また、消費者心理にマイナスの作用が働くことで、企業全体の売上が徐々に低下していく場合もあります。「ブラック企業」批判を受けた居酒屋チェーンの運営企業の取締役は、「ブラック企業」のイメージが店舗における客数の減少だけでなく、同社が運営する介護施設への入居率の低下や食事宅配サービスにおける販売数の伸び悩みにもつながったと、自ら分析しています。消費者向けの商品・サービスを取り扱う企業の場合、不買運動やサービス利用拒否を呼びかける動きへと発展するおそれがあることも否定できません。このように、「ブラック企業」の負のパワーは、企業経営を傾かせかねないほど、大きいといえます。

3、「ブラック企業」批判を受けないために

(1)労務コンプライアンスの遵守
「ブラック企業」とは、法的には、長時間労働やサービス残業の常態化、セクハラ・パワハラの横行、不当解雇など、深刻な法令違反がある企業と解されます。したがって、「ブラック企業」批判回避の基本は、労働関係法令の遵守、すなわち労務コンプライアンスにあるといえます。労働基準法をはじめとする法律で定められている労働条件が守られていることはもちろんのこと、就業規則等で定められる職場のルールが守られていることが求められます。特に、退職にかかわるトラブルは、退職後の元従業員によるネット上の嫌がらせにつながりやすいため、退職勧奨や解雇など、労働契約を終了させる際のルールが守られていることや、退職時の手続きが適切に行われることが重要です。また、職場でセクハラ・パワハラなどが行われていないか、社員の健康管理やメンタルヘルスへの配慮は十分かなども、大切なチェックポイントとなります。 

しかし、労務コンプライアンス上の問題が全くないという企業は、まずないものと思われます。そして、それは、どのような企業でも、その程度は別にして、「ブラック企業」批判を受ける要因が存在しているということを意味します。企業が利益追求をめざす社会的存在である以上、株主の利益が優先されて従業員の権利が侵害される可能性があることは否定できません。つまり、「ブラック企業」の問題は、決して一部の悪質企業だけの問題ではなく、すべての企業にかかわる問題であり、企業のあり方を問うテーマであるという意識をもつことが大切です。

(2)普通の企業のリスク対策 
一部の悪質な企業が「ブラック企業」批判を受けることはやむを得ないとしても、普通の企業にとって、「ブラック企業」批判を受けないための対策を講じることは、リスクマネジメントの観点から必要なことです。日常的に自社に関するネット上の書込みについてモニタリングを実施するのはもちろんのこと、事実に反する書き込みや、いわれのない誹謗中傷を見つけたときは、速やかにサイト運営者に対して削除を求めるなどの対応を取ることは、ソーシャルメディア時代の企業のリスク対策として必要なことであると思われます。 

また、従業員がインターネット上の掲示板やSNSに書き込む職場に対する愚痴や不満、独善的な考えなどが原因となり、「ブラック企業」批判を受けるケースも少なくありません。このような、いわゆる従業員によるネット告発を防止するためには、社内のホットラインや内部通報制度を整備して、従業員が利用しやすく、実際に機能するものとすることが有効です。

さらに、「ブラック企業」批判を受けないためのもう1つのリスク対策として、「ホワイト企業」としてのブランディングを挙げることができます。「ホワイト企業」とは、「ブラック企業」の対義語で、「社員の待遇や福利厚生などが充実し、働きやすさに優れていて、入社することが好ましいとされる企業」のことをいいます。「ホワイト企業」の評価ポイントはいくつかあります。

1つは、教育制度の充実です。キャリア・アップ制度や資格支援制度、自己啓発支援の充実は、社員の「働きがい」につながります。また、育児休業制度や介護休業制度が充実していて、出産・育児や親の介護などに直面しても各人のライフステージに合わせて働き続けられる環境が整備されていること、短時間勤務制度やテレワークの導入、ボランティア休暇など、仕事と生活の調和、すなわち「ワークライフバランス」を図れる環境が整っていることも、「ホワイト企業」の評価のポイントとなります。

「ホワイト企業」としてのブランディングを行うために、企業がホームページやソーシャルメディアを利用して積極的に情報発信し、自社の労務管理に対する姿勢を広く社外に向けて示すことは、「ブラック企業」批判を受けないためのリスク対策として有効であると思われます。特に、近時では、就活生に向けてFacebookやTwitterなどのSNSを活用した採用活動、「ソーシャルリクルーティング」を行う企業も増えつつあります。いきいきと働く社員の様子や職場環境、キャリア・アップ制度や福利厚生を含む社内制度について、ソーシャルメディアを利用して積極的に情報発信することは、人材採用難時代における採用活動として有効であると同時に、いわれのない「ブラック企業」批判を防止することにもつながるものと思われます。

4 おわりに
これまで6回にわたり「インターネット新時代の労務リスクマネジメント」をテーマに、インターネットの利活用に伴う企業・組織の労務リスクについて書かせていただきました。特に、後半2回は、ソーシャルメディアの利用に伴う企業の労務リスクについて書かせていただきましたが、ソーシャルメディアの歴史はまだ浅く、未だ顕在化していないリスクはたくさんあるものと思われます。ただ、ソーシャルメディアは今後も新しい時代のメディアとして活用されていくものと思われます。企業・組織の活動においても、ソーシャルメディアが有するメリット・デメリットを理解したうえで、リスク対策を行いつつ、積極的に活用していくことが、企業・組織が発展し続けるうえで必要とされるものと思われます。 

最後になりましたが、これまでお読みいただきました皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。本シリーズが少しでも皆様のお役に立てば幸いです。

(了)