2016/10/04
講演録
TIEMS(国際危機管理学会)日本支部

●熊本地震に伴う産業被害の状況把握と復旧活動の検証
企業・産業被害のサプライチェーンを経由した波及と地域型BCMの重要性
名古屋工業大学教授
渡辺研司氏
災害によって企業が深刻な被害を受け、雇用が失われ、その地域の経済も落ち込むというケースは阪神・淡路大震災からありました。その後の中越、中越沖地震や東日本大震災でも同様のケースがあり、「なぜここまでオールジャパンとして、これまでの経験値が生かせていないのか」と忸怩(じくじ)たる思いです。そのような思いを根底に流しながら、今回の地震のBCPにおいて感じたことを話します。
まず九州は自動車産業、半導体産業の集積地です。特に半導体に関しては、もともと水がきれいなこともあり「シリコンアイランド」という名前がついているくらい、半導体製造関連の工場がたくさんありました。今は台湾や中国に取られてしまったところもあり、一時のような業績ではないのですが、それでも日本のなかでは多い方だと思います。そうすると、サプライチェーン上の集中リスクが発生します。これをボトルネックと言います。ここが止まるとサプライチェーン
を経由して、その前後の工程も止まってしまうという状況です。東日本大震災では東北三県が同じような状況でしたが、また起こってしまいました。被災企業を起点としたサプライチェーン経由の非被災地への途絶の波及です。愛知県や宮城県の自動車産業が連鎖的に操業停止しました。
そして、とても気になったことは、地震発生から1週間くらいで「もう製造業は落ち着いた」というコメントを中央政府の複数の行政担当者から伺ったことです。国や大企業としては、オールジャパンで日本の基幹産業が再び動き始めればいいということですが、その裏には熊本県内にあった生産機能が代替生産などで他県に移っても関係ないという意識が見え、中央と地方とのギャップを強く感じました。
九州はもともと台風が多い地域ですので、事前に到来がわかっている台風の対応に関しては情報共有や関係者調整、意思決定のシステムは有効に機能していたようですが、突発的な地震には対応しきれていない部分もありました。それでも台風での経験は役に立っていると思います。
最後に、官民による情報共有体制の欠如と行政の事業継続支援体制の不足を挙げました。これは仕方ないと言えば仕方ありませんが、県の商工部門や産業部門の職員も全員住民対応に当たってしまい、企業をフォローしている姿はあまり見られませんでした。災害対策業務として、企業の安否確認や、どのように企業を救援すべきかを知事に進言するなどのフローが、災害対応業務として明文化されていなかったことが背景にあると思います。本来、企業担当の職員がやるべき企業の救援活動がとてもできるような状況ではありませんでした。
どの企業の業務が止まっているか、その影響が県内外にどのように波及しているのかを把握できれば、知事は県としてその企業を救援することが可能です。政府が各自治体に提供している地域経済分析システムで「RESAS」というシステムがあります。これは民間のデータを活用し、どの企業とどの企業が取引しているかがある程度可視化されているため、「意外な企業が県外とたくさん取引をしている」などのデータが読み取れるのです。ただやはり熊本県ではあまり活用されていなかったようで、使える人がいませんでした。こういうものを活用して、県職員は知事に企業支援を進言するような体制があっても良いと思います。
中京地区では現在、岐阜県で産官学によるBCPに対する意識が上がっています。「愛知を支える城下町」として、愛知県のメーカーから仕事を受注している重要な中小企業がたくさんあるため、大きな災害が発生した時のバックアップを県が後押ししています。平時から能動的企業の成長のための施策をうち、災害時には彼らの復旧を手助けができるような体制をあらかじめ定めておくことが重要です。
(了)
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