2019/11/07
知られていない感染病の脅威
インフルエンザウイルスとは
インフルエンザの病原体であるインフルエンザウイルスは、直径約100ナノメートルの多形性を示す、それぞれ独立して複製する(分節型の)8個の遺伝子から成るRNAウイルスです(図1、図2)。ウイルス粒子の内部に存在する核酸のRNA を取り巻いているタンパク質の抗原性から、インフルエンザウイルスはA、B、C、Dの4血清型に分類されています。人に病原性を示すインフルエンザウイルスの多くはA型です。動物に病原性を示すウイルスはA型のウイルスですが、ごくまれに牛に感染するD型ウイルスの存在することが分かっています。しかし、その病原学的意義はほとんど不明のまま残されています。
インフルエンザウイルス粒子の表面には、図2に示すインフルエンザウイルス模型図のように、2種類のスパイク、すなわち、鶏の赤血球を凝集するスパイク(A型ウイルスでは HAまたは Hと呼ばれる)と、ノイラミン酸を分解する酵素活性を持つスパイク(A型ウイルスではNAまたはNと呼ばれる)があります。ウイルスが感染する際に重要な役割を果たすのはHAです。HAの性状により、感染できる動物の種類、病原性の強さが規定されます。NAは、ウイルスが感染して多数の子孫ウイルスを製造してくれた細胞から、さらに別の細胞に子孫ウイルスが感染するために、その細胞から遊離する時に機能する酵素活性を持っています。
現在、HAスパイクはその抗原性から1から16 までの16種類、NAスパイクはその抗原性から1から9までの9種類知られています。このHAとNAのさまざまな組み合わせにより、数多い亜型のA型インフルエンザウイルスが存在するのです。人、豚あるいは馬などのほ乳類に病原性を示すインフルエンザウイルスの亜型は、H1N1、H3N2、H7N7など限定されているのですが、鳥類はHAとNAの、多数の組み合わせを持ったバラエティーに富んだ亜型のA型インフルエンザウイルスを体内(呼吸器または消化管)に保有しています。興味深いことに、ほとんどの鳥インフルエンザウイルスは鳥類に明確な病原性を示しません。
インフルエンザウイルスは変異を起こし新型インフルエンザウイルスが出現する
インフルエンザの特徴の一つは、ある周期で、世界中の人々に感染を続けてきたインフルエンザウイルスに大きな変異、すなわちHAとNAの両方の抗原性に大きな変異が生じ(Antigenic Shift、大変異)、過去に存在が認められなかった、全く新しい性状(抗原性)を獲得した「新型インフルエンザウイルス」が出現することです。この新型インフルエンザウイルスが出現すると、それまで人類に独占的に感染し続けていたインフルエンザウイルスが短期間で一掃されてしまい、消滅してしまうのも特徴の一つです。
最も、同じ亜型のインフルエンザウイルスでも、人から人への感染を長年続けていると、HAの抗原性は同じ亜型の範囲内で変化しますが(Antigenic Drift、小変異)。
新型インフルエンザウイルス出現当初、世界中の大部分の人々はこのウイルスに感染した経験はなく、従って、この新型ウイルスに対する抗体を持っておらず、高い感受性を示します。そのため、爆発的な新型インフルエンザウイルス感染の拡大が起こり、感染を受けた人の多くは重篤な症状を呈し、莫大(ばくだい)な数の死者が出てしまうのです。
20世紀には3種類の新型インフルエンザウイルスが出現しましたが(図3)、最後の新型インフルエンザウイルスであった香港風邪型のウイルスが出現して以来すでに半世紀を超えました。2009年に、メキシコから「新型インフルエンザウイルス」と一時期呼ばれたウイルスが出現して、世界中に拡散して驚かされました。しかし、このウイルスの亜型はH1N1です。すなわち、20世紀初頭に出現したスペイン風邪ウイルスと同じです。そのため、本当の意味の新型インフルエンザウイルスではなかったのです。重症化した患者は予期していたほど多く出ませんでした。ほどなく、呼び名も「新型インフルエンザ」から通常の「季節性インフルエンザ」に変わりました。
しかし、それまで人類に1977年以降感染を続けていた同じ亜型の「ソ連(ロシア)型インフルエンザウイルス」を、この2009年に出現したウイルスは駆逐してしまいました。そして、現在でも人類に感染を続けています。
21世紀に入り、本当の新型インフルエンザウイルスはまだ出現していません。いつ、どこで、どのような亜型の新型インフルエンザウイルスが出現するのか、世界中で注目される状況が続いています。
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