2020/03/02
気象予報の観点から見た防災のポイント
図6に、1日9時の500ヘクトパスカル面高層天気図を示す。500ヘクトパスカルという気圧面は、気圧が地表のおよそ半分になる高さで、対流圏の真ん中あたりに相当する。本事例の関東付近では、約5.4キロメートルの高さにあった。図6で東海地方にある寒冷渦の中心は、半日前には山陰沖の日本海、1日前には朝鮮半島東岸にあった。つまり、東南東へ進んできたことになる。

図6によれば、1日9時現在、この寒冷渦の中心付近からその西側にかけて、マイナス30度以下の寒気の領域がある。関東地方はその前縁(東縁)に当たり、等温線の間隔が狭く、気温の勾配が急になっている。このような寒気の前縁を、筆者は「寒気の入り鼻」と呼んで警戒している。一般に、上空に寒気のある領域は大気の状態が不安定であるが、なかでも「寒気の入り鼻」では激しい対流が起こりやすいので、それが到来するタイミングでは現象の監視を強化しなければならない。
寒冷渦に伴う東京の降雪
東京など関東の平野部で、寒冷渦の接近・通過に伴って降雪が観測されることはある。気温がもっと高く水蒸気量の多い季節であれば、寒冷渦によって、激しい雷雨や、降雹、竜巻などが観測されることもあるが、冬季は降ったとしても一時的な降雪やアラレで終わってしまうのが普通で、何も降らないことも多い。
本事例の場合、関東南部では、沿岸部の低気圧の影響で北東風が卓越し雨が降る中に、寒冷渦に伴う対流現象が割り込んできた。低気圧に伴う降水は基本的に雨であり、雪が降るほど低温の場ではなかった。しかし、大気の状態を不安定化させる上層の寒冷渦が進んできて、その寒気の入り鼻で積乱雲が発達し、上空の寒気が地上に引きずり下ろされ、局地的に雪となった。東京において、寒冷渦に伴って、積もるほどの雪が、しかも、大雪注意報の基準(12時間降雪の深さ5センチメートル)に達するほど降るのは、極めて珍しい。
後日談
それにしても、早春にしては強烈な対流現象であった。いや、もう真冬ではなく、春の到来が近いことを印象づけるような現象であった。寒気が図4のように、5時間にわたって突進したことからみて、これは単一の積乱雲による現象でないことは明らかで、もっと組織的な寒気の貫入現象であったのかもしれない。
このとき、事前の予告なしに大雪が降り、羽田空港が大混乱になったことから、事態を重く見た当時の運輸省航空局から気象庁に対し、大雪を的確に予想してもらわないと困る、とのクレームが通告された。筆者の当時の上司は、この大雪が極めてまれな現象であり、自分がこの日予報当番に就いていたとしても予想できなかったと思う、と釈明してくれた。
この事例は、筆者にとっては苦い経験であった。極めてまれではあっても、東京における降雪パターンの一つとして、このようなタイプの大雪も認識しておくべきであった。
交通機関など降雪の影響を受けやすい業種の方々は、寒候期には南岸低気圧だけでなく、「強い寒気を伴う寒冷渦が接近」と聞いたなら、東京など普段は雪の降らない太平洋側の地方でも、念のため降雪の可能性を吟味した方がよい。
気象予報の観点から見た防災のポイントの他の記事
おすすめ記事
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方