図6に、1日9時の500ヘクトパスカル面高層天気図を示す。500ヘクトパスカルという気圧面は、気圧が地表のおよそ半分になる高さで、対流圏の真ん中あたりに相当する。本事例の関東付近では、約5.4キロメートルの高さにあった。図6で東海地方にある寒冷渦の中心は、半日前には山陰沖の日本海、1日前には朝鮮半島東岸にあった。つまり、東南東へ進んできたことになる。

写真を拡大 図6 500hPa高層天気図(黒実線:等圧面高度、橙破線:気温)

図6によれば、1日9時現在、この寒冷渦の中心付近からその西側にかけて、マイナス30度以下の寒気の領域がある。関東地方はその前縁(東縁)に当たり、等温線の間隔が狭く、気温の勾配が急になっている。このような寒気の前縁を、筆者は「寒気の入り鼻」と呼んで警戒している。一般に、上空に寒気のある領域は大気の状態が不安定であるが、なかでも「寒気の入り鼻」では激しい対流が起こりやすいので、それが到来するタイミングでは現象の監視を強化しなければならない。

寒冷渦に伴う東京の降雪

東京など関東の平野部で、寒冷渦の接近・通過に伴って降雪が観測されることはある。気温がもっと高く水蒸気量の多い季節であれば、寒冷渦によって、激しい雷雨や、降雹、竜巻などが観測されることもあるが、冬季は降ったとしても一時的な降雪やアラレで終わってしまうのが普通で、何も降らないことも多い。

本事例の場合、関東南部では、沿岸部の低気圧の影響で北東風が卓越し雨が降る中に、寒冷渦に伴う対流現象が割り込んできた。低気圧に伴う降水は基本的に雨であり、雪が降るほど低温の場ではなかった。しかし、大気の状態を不安定化させる上層の寒冷渦が進んできて、その寒気の入り鼻で積乱雲が発達し、上空の寒気が地上に引きずり下ろされ、局地的に雪となった。東京において、寒冷渦に伴って、積もるほどの雪が、しかも、大雪注意報の基準(12時間降雪の深さ5センチメートル)に達するほど降るのは、極めて珍しい。

後日談

それにしても、早春にしては強烈な対流現象であった。いや、もう真冬ではなく、春の到来が近いことを印象づけるような現象であった。寒気が図4のように、5時間にわたって突進したことからみて、これは単一の積乱雲による現象でないことは明らかで、もっと組織的な寒気の貫入現象であったのかもしれない。

このとき、事前の予告なしに大雪が降り、羽田空港が大混乱になったことから、事態を重く見た当時の運輸省航空局から気象庁に対し、大雪を的確に予想してもらわないと困る、とのクレームが通告された。筆者の当時の上司は、この大雪が極めてまれな現象であり、自分がこの日予報当番に就いていたとしても予想できなかったと思う、と釈明してくれた。

この事例は、筆者にとっては苦い経験であった。極めてまれではあっても、東京における降雪パターンの一つとして、このようなタイプの大雪も認識しておくべきであった。

交通機関など降雪の影響を受けやすい業種の方々は、寒候期には南岸低気圧だけでなく、「強い寒気を伴う寒冷渦が接近」と聞いたなら、東京など普段は雪の降らない太平洋側の地方でも、念のため降雪の可能性を吟味した方がよい。