2014/05/25
誌面情報 vol43
訓練を重ね、真の危機管理システムの構築を目指す
JR関内駅の目の前に位置する横浜市役所。市は2009年3月、この5階に危機管理対策の心臓部ともいえる横浜市危機管理センターを開設した(図1)。市初代危機管理監であった上原美都男氏の強い要請により、市が6億円を投じて整備した、様々な危機に対する情報管理の拠点だ。しかし、システムを整備しただけでは災害時の情報共有ができないことは東日本大震災で明らかになった通りで、立派な防災情報システムが機能しなかった事例は官民問わず多く報告されている。問題は、システムをどう使いこなすか、どれだけの訓練を積んでいるかだ。
横浜市の危機管理センターには、大規模地震をはじめ様々な危機に迅速・的確に対応できるように、その中心となる本部運営室には100インチのモニターが3台並び、消防ヘリコプターに搭載したカメラや横浜ランドマークタワーの屋上に設置したカメラなどのリアルタイム映像を映し出すことができる仕組みになっている。
政令指定都市でもある横浜市の人口は今年4月現在で370万人を超えた。これは人口が一番少ない鳥取県の人口(58万9000人)の実に6倍以上になる。「(国際都市である)横浜市は、地震や災害だけでなく、テロやパンデミックなどあらゆる危機を日頃想定しながら訓練を行っている。市というよりは県や国と同等以上の対策をとらなければ市民の安全は守れません」と話すのは横浜市総務局危機管理室緊急対策課担当課長の三原光明氏。三原氏自身も36年間、陸上自衛隊で危機管理にあたってきた経歴を持つ。
本部運営室にある情報収集エリアでは、市内にある18区とそれぞれ防災行政用無線を利用したホットラインを開設し、一般の電話が輻そうした際にも電話が通じるようになっている。また同エリアでは、消防本部、病院、道路、港湾、上下水道など市役所各局の所管に関する情報収集を行うほか、消防司令センターと連携するため、消防指令システム端末が設置され、災害への対応状況や、消防・救急車両の動きを確認することができる。そのほか、発災時には神奈川県警や自衛隊をはじめ、他の自治体やライフライン事業者との連絡・調整を行うこととなっている。
万一の際はこれらの情報を、危機管理システムを通じて災害対策本部が一元管理し、本部長となる市長のもと、様々な指示が出されていく。
横浜市の危機管理システムは対策本部の意思決定を支える情報共有を目的にしたものだ。
「真の危機管理システム」構築を目指す
情報共有のツールは数多く出されているが、災害対策本部の意思決定を支えるのは、あくまでヒトだ。 「(就任当時は)とても危機管理をやれるような組織環境ではなかった」と、本誌2009年11月号に、横浜市の危機管理の礎を作った危機管理監である上原美都男氏のインタビューが掲載されている。上原氏は長年警察庁幹部として危機管理にあたってきたエキスパートだ。同氏は2006年に危機管理監に就任すると同時に、横浜市役所の耐震化と危機管理センターの設置を当時の中田宏市長に提案した。一方で、ソフト面として自衛隊との連携を強化し、同年11月には陸上自衛隊、横浜市、県警による3機関合同訓練を実施。翌年には川崎市が、2008年には県もこれに加わり5機関での訓練を実施した。この合同市民への情報発信 現在、市が力を入れるのは市民への情報発信だ。
具体的には2005年1月にインターネット上で市民向けに「市民防災情報訓練は現在でも進化しながら継続しており、2010年からは海上保安庁も加わった6機関合同訓練が開催されている。訓練の組み立てにあたっては各団体の担当者が月に1度は必ずミーティングを行い内容を練るため、訓練の内容もより具体的に、深いものになっているという。
例えば現在検討しているものの1つは川崎市からの提案で、川崎市にある大規模石油コンビナートでの火災を想定した訓練だ。横浜市磯子区にも石油コンビナートがあり、ここで保管されている県内唯一の「大容量泡放射システム」を川崎市まで運搬し、使用できないかというもの。これを海上保安庁の船で運べないかなど、様々な検討を重ねているという。
「危機管理とは人であり、訓練であり、意識である」と唱えた上原氏が9年前に横浜にまいた危機管理対応の種は、現在も着実に育って実をつけている。わいわい防災マップ」を開設(図2)。地区レベルで「災害危険マップ」「危険回避マップ」「応急対応マップ」「都市計画基本図」を表示でき、さらに首都直下地震や南海トラフ地震が起きた場合の「想定震度」「液状化危険度」「避難に適さない道路」のほか、「災害用井戸協力の家」「防火水槽」「帰宅困難者一時滞在施設」など30種類以上の災害関連施設情報をGIS上にプロットして見ることができる。情報は横浜市ホームページのトップページから「行政地図情報」のリンクをクリックすると誰でも閲覧することができる。
また、Twitterでの情報発信、インターネット上での安否情報検索機能の提供に加えて、市内約10万人が登録している防災情報Eメールや携帯電話各会社の緊急速報メールを通じて、地震の震度や気象警報・注意報などの防災情報を配信する。台風などの防災情報や避難勧告などの情報はテレビ神奈川を通じてデータ放送対応テレビで見ることが可能だ。
今後は、パソコンやスマートフォンなどのデジタル機器を使いこなすことが難しい、いわゆる「IT弱者」への対応が課題としている。
誌面情報 vol43の他の記事
おすすめ記事
-
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/17
-
サイバーセキュリティを経営層に響かせよ
デジタル依存が拡大しサイバーリスクが増大する昨今、セキュリティ対策は情報資産や顧客・従業員を守るだけでなく、DXを加速させていくうえでも必須の取り組みです。これからの時代に求められるセキュリティマネジメントのあり方とは、それを組織にどう実装させるのか。東海大学情報通信学部教授で学部長の三角育生氏に聞きました。
2025/06/17
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方