一般にはあまり知られていないが、海外出張を含む海外渡航における医療的な予防対策を専門に扱う「トラベルクリニック」は日本全国に存在する。なかでも東京医科大学の「渡航者医療センター」や国立国際医療センターの「トラベルクリニック」は公的な機関でもあり、信頼性は高いと言えるだろう。一般社団法人日本渡航医学会のホームページには、一般向け情報として全国のトラベルクリニック一覧が掲載されている(http://www.tramedjsth.jp/)。 

また、中高年の従業員に関しては、予防接種とあわせて持病にも注意したい。国内では節制や薬により病気をうまくコントロールできていても、海外出張では飲酒や外食の機会も増え、その上に出張によるストレスもかかり、体調を崩す人が多いという。ほかにも、職務上の理由や、天候、ストライキや整備不良など航空会側の事情などさまざまな原因が、予定外の滞在延長をもたらす。日常生活に欠かせない常備薬は主治医と相談して多めに携帯した方が良いという。さらに診断名や既往症、経過、処方内容について簡単な英文診断書を携行すれば、有事の際に役立つ。長期の渡航が見込まれているのであれば、常備薬を入手できる現地医療機関を確認することも必要だ。

海外旅行保険は応急治療・救援費用付を選べ
例えば渡航先で急な発熱や腹痛に襲われた、同僚が倒れてしまったなどの事態に陥った場合はどうすればよいのだろうか。安藤氏は「海外旅行保険を活用してほしい」と話す。海外旅行保険の24時間対応の日本語コールセンターに電話すれば、主要都市の医療情報をサポートしてくれる。開発途上国でも、地域において設備の整った病院を紹介してくれるという。しかし、クレジットカードに付帯している保険だけでは補償内容としては不十分だ。通常のクレジットカードに付帯する海外旅行保険は支払金額上限が300万円程度の場合が多い。例えばアメリカでICUに入院すれば1日で100万円の費用が発生する場合もあり、決して十分とは言えない。そのため、旅行代理店や空港などで販売されている海外旅行保険の購入を勧めている。特に持病がある場合は「応急治療・救援費用付」を選んだ方が良いという。通常の海外旅行保険では高血圧などの既往症の悪化についてカバーしない場合が多いが、「応急治療・救援費用付」であれば上限はあるがカバーの対象になる。また、「救援費用」とは親族や企業など、「救援する側」に発生する費用のことで、渡航費や滞在費も支払われる可能性が高くなる。 

安藤氏は「海外出張者は、えてして業務に集中しすぎて、渡航先の医療事情を学び、予防対策を本気で考える人は少ない。しかし実際に渡航先で罹患すれば、本人の身体的・経済的負担に加え、家族にも会社にも多大な負担がかかる。企業はBCPの一環としてもっと海外出張時の医療的なリスクに備えるべき」と注意を呼びかけている。

 

グローバル人材の安全と健康を守る


インターナショナルSOS

1980 年代前半、採鉱業や石油産業などさまざまな多国籍企業がインドネシアに押し寄せた時期があった。当時、在インドネシア・フランス大使館の医務官としてジャ カルタに赴・任していたパスカル・レイハム氏は、ヨーロッパ人が現地で負傷した時に適切な医療をうけられない事実を目の当たりにし、旧友のアーノルド・ ヴェシエ氏とともに現在のインターナショナルSOSの原型を起こしたという。 

現在では全世界92カ所850拠点で活動を展開。危険地帯 など56カ所でクリニックを運営している。365日24時間体制で多言語の医療相談に対応するほか、適切な医療ができないと判断した地域からは他国に搬送す るためのメディカルジェット(医療搬送専用機)を全世界で8機備える。社員1万1000人のうち、医療スタッフは5600人で、そのうち1400人が医師 の資格を持つ。確かな目を持ったスタッフが実際に世界中のハイリスクエリアに赴き、現地の医療状況や設備、薬の備蓄などを確認し、医療情報を充実させてい るという。カザフスタンやウランバートルなど、医療機関がない地域ではファーストメディカルが施せる体制も構築している。 

同社代表取締 役社長の関俊一氏は「フォーチュン500※と呼ばれる企業のうち、3分の2は当社の顧客。ハイリスクエリアに進出し、リスクをマネジメントしながら企業活 動を展開するのは欧米人の方が長けている。日本ではまだまだこのようなサービスを受けるのはごく一部。もっと多くの企業や組織に当社のサービスを知ってほ しい」としている。

フォーチュン500…アメリカのフォーチュン誌が年1回編集・発行するリストの1つ。全米上位500社がその総収入に基づきランキングされる。