2016/05/25
誌面情報 vol50
![](https://risk.ismcdn.jp/mwimgs/f/9/670m/img_f94923410a87639ff90c7822d434618e128913.png)
2020年に開催される東京五輪における1日あたりのセキュリティ要員の人数は5万人強。2013年に発表された東京オリンピック・パラリンピック招致委員会資料によると、そのうちの1万4000人を民間警備会社が担い、9000人のボランティアスタッフが補助する計画だ。観客と大会スタッフのべ1010万人を見込む東京五輪を支える危機管理について、元横浜市危機管理監で、現在は一般社団法人全国警備業協会専務理事の上原美都男氏に話を聞いた。
編集部注:「リスク対策.com」本誌2015年7月25日号(Vol.50)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年5月25日)
オリンピックで民間警備員を束ねていく役割を負う一般社団法人全国警備業協会専務理事の上原美都男氏は「警察官、民間警備員、ボランティアスタッフが大会の危機管理の中核になるだろう。それらが具体的にどのように連携し、協働していくかは来年夏から秋にかけて策定予定の警備基本計画の中で明らかになる」と話す。
上原氏は警察庁出身で2006年に横浜市危機管理監に就任。2010年に同市で開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議では警備対策本部長も務めた経歴を持つ。上原氏はイベントの危機管理について「イベントの計画段階で、想定できる全ての脅威予測を行い、危険度評価(リスクアセスメント)を実施し、危機回避のための全ての方策を検討する必要がある」とする。
イベントとは「人や団体が、ある目的を持って行事を計画し、これに興味と関心を持つ大勢の人々を、1つの場所に、決まった時間に参加させて、楽しませる催し物」と定義される。屋内型と屋外型に分かれるが、いずれも「不特定多数の人々が、同じ目的を持って、1つの場所に、一定時間滞在すること」が共通した特徴と言える。そして、イベントの実施計画を立てるにあたっては「会場規制」「群集整理」そして「導線設計」の3点が不可欠となる。そのためには、警備の中核となる「警戒指揮本部」の設置と「危機管理マニュアル」の作成と徹底が重要だという。現在の東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の考え方では、競技場の中のセキュリティは民間警備員とボランティアが担い、会場の外の警備を警察が受け持つ可能性が高いという。9000人という大人数のセキュリティボランティアスタッフを今後選抜し、教育し、民間の警備会社や警察と連携させてテロ対策に当たるのは、相当に綿密な計画と訓練を繰り返さなければならないことは想像に難くない。さらに言えば、1日5万人のスタッフを常時そろえるためには、休日なども勘案すれば、その何倍もの人数を確保しなければいけないだろう。これからの5年間で、どのようにオリンピックの危機管理体制を構築していかなければいけないのだろうか。
おもてなし・安全・警備は表裏一体
2006年に横浜市危機管理監に就任した上原氏は、2010年に横浜市内で開催予定のAPECに向け、当時の横浜市長である中田宏氏に横浜市役所の耐震化と危機管理センターの設置を提言。「(就任当時は)とても危機管理をやれるような組織環境ではなかった」と本誌2009年11月号で述べている。上原氏の進言により、横浜市は2009年3月に危機管理センターを設立。ソフト面でも自衛隊の連携を強化し、陸上自衛隊、横浜市、県警による3機関合同訓練を実施した。後に周辺の川崎市や神奈川県も加わり、5機関での訓練も実施。この連携訓練は現在でも脈々と受け継がれている。
一方で、上原氏は市民との対話を重視。東日本大震災以降は当たり前ともいえる、市町村から発する「防災メール」の先駆けである「横浜市防災情報Eメール」を2006年から開始した。横浜市によると、現在の登録者数は10万人を超えているという。また、市民に対する広報も重視。いつどこでAPECが開催されるのか、どこに交通規制がかかるので市民の協力が必要なのか、不審な人物を見かけたらすぐ110番して欲しいなど、ラジオやポスターなどで絶えず市民に訴えた。ユニークな取り組みとしては「私たちはテロ対策に協力します」と書いたワッペンバッチを作成し、みなとみらい地区の2000店ほどある飲食店の従業員の2万人以上に配布した。APECはアメリカ、カナダをはじめロシア、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドなど太平洋に面する21カ国の首脳が一堂に会する国際的な重要イベントであり、考えられるリスクも多岐にわたる。上原氏は公的機関では自衛隊、消防、警察などと連携する一方で、横浜市の住民の眼をテロ対策に生かしたのだ。同時に、横浜市は教育委員会やPTAに働きかけ、21カ国の閣僚の家族のほか、関係者やスタッフと横浜市内の小学校との交流会を企画。まち全体でAPECをもてなした。
上原氏は「イベントにおいて、おもてなし・安全・警備は表裏一体。これはお祭りもAPECもオリンピック一緒だ。まち全体でおもてなしの雰囲気を作ることが、同時にイベントの危機管理にもつながる」と話す。
誌面情報 vol50の他の記事
おすすめ記事
-
-
-
3線モデルで浸透するリスクマネジメントコンプライアンス・ハンドブックで従業員意識も高まる【徹底解説】パーソルグループのERM
「はたらいて、笑おう。」をグループビジョンとして掲げ、総合人材サービス事業を展開するパーソルグループでは、2020年のグループ経営体制の刷新を契機にリスクマネジメント活動を強化している。ISO31000やCOSO-ERMを参考にしながら、独自にリスクマネジメントの体制を整備。現場の業務執行部門(第1線)、ITや人事など管理部門(第2線)、内部監査部門(第3線)でリスクマネジメントを推進する3線モデルを確立した。実際にリスクマネジメント活動で使っているテンプレートとともに、同社の活動を紹介する。
2024/07/23
-
インシデントの第一報を迅速共有システム化で迷い払拭
変圧器やリアクタなどの電子部品や電子化学材料を製造・販売するタムラ製作所は、インシデントの報告システム「アラームエスカレーション」を整備し、素早い情報の伝達、収集、共有に努めている。2006年、当時社長だった田村直樹氏がリードして動き出した取り組み。CSRの一環でスタートした。
2024/07/23
-
「お困りごと」の傾聴からはじまるサプライヤーBCM支援
ブレーキシステムの開発、製造を手掛けるアドヴィックスは、サプライヤーを訪ね、丁寧に話しを聞くことからはじまる「BCM寄り添い活動」を2022年度から展開している。支援するのは小規模で経営体力が限られるサプライヤー。「本当に意味のある取り組みは何か」を考えながら進めている。
2024/07/22
-
-
危機管理担当者が知っておくべきハラスメントの動向業務上の指導とパワハラの違いを知る
5月17日に厚生労働省から発表された「職場のハラスメントに関する実態調査報告書」によると、従業員がパワハラやセクハラを受けていると認識した後の勤務先の対応として、パワハラでは約53%、セクハラでは約43%が「特に何もしなかった」と回答。相談された企業の対応に疑問を投げかける結果となった。企業の危機管理担当者も知っておくべきハラスメントのポイントについて、旬報法律事務所の新村響子弁護士に聞いた。
2024/07/18
-
基本解説 Q&A 線状降水帯とは何か?集中豪雨の3分の2を占める日本特有の現象
6月21日、気象庁が今年初の線状降水帯の発生を発表した。短時間で大量の激しい雨を降らせる線状降水帯は、土砂災害発生を経て、被害を甚大化させる。気象庁では今シーズンから、半日前の発生予測のエリアを細分化し、対応を促す。線状降水帯研究の第一人者である気象庁気象研究所の加藤輝之氏に、研究の最前線を聞いた。
2024/07/17
-
-
災害リスクへの対策が後回しになっている円滑なコミュニケーション対策を
目を向けるべきOTリスクは情報セキュリティーのほかにもさまざま。故障や不具合といった往年のリスクへの対策も万全ではない。特に、災害時の素早い復旧に向けた備えなどは後回しになっているという。ガートナージャパン・リサーチ&アドバイザリ部門の山本琢磨氏に、OTの課題を聞いた。
2024/07/16
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方