最悪のシナリオを想定する 
「想定される最悪のシナリオの1つは、開会式で、各国のVIPが集まるメイン競技場における、爆弾を使った自爆テロだろう」と上原氏が話すように、一般的に、テロリストは被害者が1人でも多くなるような社会的インパクトが大きな場所を狙う。さらに現在はインターネットの普及により爆弾製造のノウハウが誰でも閲覧できるため、ボストンマラソン爆弾テロをはじめ、アメリカではIED(簡易爆弾)が大きな問題になっている。防衛医科大学校分子生体制御学講座教授で、CBRNE(化学・生物・放射線・核・爆発物によるテロや災害)を研究する四ノ宮成祥氏も、「オリンピックに向けて最も可能性のあるテロは爆弾テロ」と指摘する。 

もちろん、大会にはそのほかにもさまざまな脅威が付きまとう。テロだけでなく、自然災害やMERS、インフルエンザなどの感染症も考えられる。上原氏はこれらに対しても、陸上自衛隊化学部隊や消防特殊救助隊など、専門家の部隊との連携を考えていかなければいけないとしている。 

「大事なことは、すべての可能性を考え、それに対する手を打つこと。可能性が低くても最悪の事態を想定して準備を進めていけば、それに類似した事案が勃発しても耐えられる」(上原氏)。

企業は「オリンピック準備室」を作れ 
オリンピックにおいて企業が考えなければいけないことは、テロや災害などのリスクだけではない。経済的なリスクが発生する可能性も極めて高い。特に会場周辺では、大会開催期間に合わせて1カ月間、道路が通行止め、あるいは交通規制がかる可能性が高く、企業の活動は著しく停滞することが考えられる。都心を経由する物流網も打撃を受けるだろう。さらに、公共の交通機関も大会中は通常以上の大混雑が予想される。ただでさえ乗車率の高い電車などは、何かあれば群衆がパニックに陥ることも考えられる。現在の東京の複雑に絡み合った都市機能や経済活動のうえに、オリンピックというイベントが重くのしかかるのだ。 

上原氏によると「首都でオリンピックを開催すること自体が大きなリスク」という。そのためには、企業は現在のBCP(事業継続計画)に加え、大会に対するBCPも策定しなければいけないとする。 

「企業には、オリンピック準備室や対策室などを設け、リスクを洗い出してもらう必要がある。いくつかのプランを準備するなど、『大変だぞ』と本気になって考えることで、大会の利害関係者(ステークホルダー)になり、それぞれの責任を果たす役割が与えられる」と上原氏は指摘する。

警備は会場ごとに競い合う 
現在、大会は28の競技を複数県の37会場にわたって開催される予定で、これに選手村やプレスセンターが加わると、全部で39の施設が稼働することになる。予選も含めれば、会場はさらに多岐にわたる。 

上原氏は「会場は来年の9月にほとんど決定するはずなので、そこからが警備のスタートだ。おそらく会場ごとに自治体、警察、消防やボランティアが連携し、打ち合わせ会議や訓練などを開催していくことになるだろう。予選会場も含めれば、さらに多くの自治体や関係団体、住民が関わることになる。これは一種の町おこしにもつながる」と見る。 


APEC開催時にも、市民からのボランティアを募った。英語が話せることを条件に、街角にテントを設営し、主に外国人の道案内などに活躍してもらったという。警察官や警備員にもボランティアブースをまわってもらい、ボランティアとの顔の見える関係を構築した。最盛期には800人のボランティアが活躍したが、市民局を通じて集めたボランティア名簿は現在でも健在で、国際的な催し物がある時に活用しているという。上原氏は大規模警備になればなるほど、このような市民の協力が不可欠としている。メーリングリストなども活用し、ボランティアとの情報共有体制も作った。

「APECでは、何も特別なことはやっていない。地域のみんなに関心をもってもらい、信頼できるコミュニティを作っていくこと自体が、大きな危機管理のシステムになる。オリンピックでも、会場ごとに自治体や関連機関、住民が一致団結してグループを作り、訓練を重ねて英知を結集するようになれば心強い。そのグループ同士がおもてなしや警備を競い合うくらいになれば、私は開催当日を寝ていても迎えられる」と上原氏は笑いながら話してくれた。

上原美都男

(うえはら・みつお)1949年香川県生まれ。73年東京大学法学部卒業後、警察庁入省。警察庁警備局外事課長、岡山県警察本部長、警察庁官房総務課長、公安調査庁調査第一部長、警察大学校特別捜査幹部研修所長、警察庁官房審議官、北海道警察本部長、内閣官房内閣衛星情報センター分析部長、同次長を経て、06年横浜市危機管理監就任。年より一般社団12法人全国警備業協会専務理事を務める。