2016/05/25
誌面情報 vol50
最悪のシナリオを想定する
「想定される最悪のシナリオの1つは、開会式で、各国のVIPが集まるメイン競技場における、爆弾を使った自爆テロだろう」と上原氏が話すように、一般的に、テロリストは被害者が1人でも多くなるような社会的インパクトが大きな場所を狙う。さらに現在はインターネットの普及により爆弾製造のノウハウが誰でも閲覧できるため、ボストンマラソン爆弾テロをはじめ、アメリカではIED(簡易爆弾)が大きな問題になっている。防衛医科大学校分子生体制御学講座教授で、CBRNE(化学・生物・放射線・核・爆発物によるテロや災害)を研究する四ノ宮成祥氏も、「オリンピックに向けて最も可能性のあるテロは爆弾テロ」と指摘する。
もちろん、大会にはそのほかにもさまざまな脅威が付きまとう。テロだけでなく、自然災害やMERS、インフルエンザなどの感染症も考えられる。上原氏はこれらに対しても、陸上自衛隊化学部隊や消防特殊救助隊など、専門家の部隊との連携を考えていかなければいけないとしている。
「大事なことは、すべての可能性を考え、それに対する手を打つこと。可能性が低くても最悪の事態を想定して準備を進めていけば、それに類似した事案が勃発しても耐えられる」(上原氏)。
企業は「オリンピック準備室」を作れ
オリンピックにおいて企業が考えなければいけないことは、テロや災害などのリスクだけではない。経済的なリスクが発生する可能性も極めて高い。特に会場周辺では、大会開催期間に合わせて1カ月間、道路が通行止め、あるいは交通規制がかる可能性が高く、企業の活動は著しく停滞することが考えられる。都心を経由する物流網も打撃を受けるだろう。さらに、公共の交通機関も大会中は通常以上の大混雑が予想される。ただでさえ乗車率の高い電車などは、何かあれば群衆がパニックに陥ることも考えられる。現在の東京の複雑に絡み合った都市機能や経済活動のうえに、オリンピックというイベントが重くのしかかるのだ。
上原氏によると「首都でオリンピックを開催すること自体が大きなリスク」という。そのためには、企業は現在のBCP(事業継続計画)に加え、大会に対するBCPも策定しなければいけないとする。
「企業には、オリンピック準備室や対策室などを設け、リスクを洗い出してもらう必要がある。いくつかのプランを準備するなど、『大変だぞ』と本気になって考えることで、大会の利害関係者(ステークホルダー)になり、それぞれの責任を果たす役割が与えられる」と上原氏は指摘する。
警備は会場ごとに競い合う
現在、大会は28の競技を複数県の37会場にわたって開催される予定で、これに選手村やプレスセンターが加わると、全部で39の施設が稼働することになる。予選も含めれば、会場はさらに多岐にわたる。
上原氏は「会場は来年の9月にほとんど決定するはずなので、そこからが警備のスタートだ。おそらく会場ごとに自治体、警察、消防やボランティアが連携し、打ち合わせ会議や訓練などを開催していくことになるだろう。予選会場も含めれば、さらに多くの自治体や関係団体、住民が関わることになる。これは一種の町おこしにもつながる」と見る。
APEC開催時にも、市民からのボランティアを募った。英語が話せることを条件に、街角にテントを設営し、主に外国人の道案内などに活躍してもらったという。警察官や警備員にもボランティアブースをまわってもらい、ボランティアとの顔の見える関係を構築した。最盛期には800人のボランティアが活躍したが、市民局を通じて集めたボランティア名簿は現在でも健在で、国際的な催し物がある時に活用しているという。上原氏は大規模警備になればなるほど、このような市民の協力が不可欠としている。メーリングリストなども活用し、ボランティアとの情報共有体制も作った。
「APECでは、何も特別なことはやっていない。地域のみんなに関心をもってもらい、信頼できるコミュニティを作っていくこと自体が、大きな危機管理のシステムになる。オリンピックでも、会場ごとに自治体や関連機関、住民が一致団結してグループを作り、訓練を重ねて英知を結集するようになれば心強い。そのグループ同士がおもてなしや警備を競い合うくらいになれば、私は開催当日を寝ていても迎えられる」と上原氏は笑いながら話してくれた。

上原美都男
(うえはら・みつお)1949年香川県生まれ。73年東京大学法学部卒業後、警察庁入省。警察庁警備局外事課長、岡山県警察本部長、警察庁官房総務課長、公安調査庁調査第一部長、警察大学校特別捜査幹部研修所長、警察庁官房審議官、北海道警察本部長、内閣官房内閣衛星情報センター分析部長、同次長を経て、06年横浜市危機管理監就任。年より一般社団12法人全国警備業協会専務理事を務める。
誌面情報 vol50の他の記事
おすすめ記事
-
-
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/08/26
-
-
ゲリラ雷雨の捕捉率9割 民間気象会社の実力
突発的・局地的な大雨、いわゆる「ゲリラ雷雨」は今シーズン、全国で約7万8000 回発生、8月中旬がピーク。民間気象会社のウェザーニューズが7月に発表した中期予想です。同社予報センターは今年も、専任チームを編成してゲリラ雷雨をリアルタイムに観測中。予測精度はいまどこまで来ているのかを聞きました。
2025/08/24
-
スギヨ、顧客の信頼を重視し代替生産せず
2024年1月に発生した能登半島地震により、大きな被害を受けた水産練製品メーカーの株式会社スギヨ(本社:石川県七尾市)。その再建を支えたのは、同社の商品を心から愛する消費者の存在だった。全国に複数の工場があり、多くの商品について代替生産に踏み切る一方、主力商品の1つ「ビタミンちくわ」に関しては「能登で生産している」という顧客の期待を重視し、あえて現地工場の再開を待つという異例の判断を下した。結果として、消費者からの強い支持を受け、ビタミンちくわは過去最高近い売り上げを記録している。一方、BCPでは大規模な地震などが想定されていないなどの課題も明らかになった。同社では今、BCPの立て直しを進めている。
2025/08/24
-
-
-
-
ゲリラ豪雨を30分前に捕捉 万博会場で実証実験
「ゲリラ豪雨」は不確実性の高い気象現象の代表格。これを正確に捕捉しようという試みが現在、大阪・関西万博の会場で行われています。情報通信研究機構(NICT)、理化学研究所、大阪大学、防災科学技術研究所、Preferred Networks、エムティーアイの6者連携による実証実験。予測システムの仕組みと開発の経緯、実証実験の概要を聞きました。
2025/08/20
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方