2018/05/31
中小企業のBCP見直しのポイントはここだ!

4)事業撤退の必要性を検討する際のポイント
「BCPの検討の際には、事業撤退という選択肢もあるとあなたは言ったが、どのように検討するのか」とお尋ねを受けたことがある。事業撤退を最初から考える経営者は確かに少なく、事業計画の立て方に関する書籍は多数出版されているが、事業撤退の仕方に関する書籍は多くはない。では、円満な事業撤退とはどのようなものだろうか
ほとんどの中小企業では、資本の出し手であるオーナーが直接経営を行っている。また、銀行からの借り入れについては経営者個人の保証が求められるため、会社の経営が破綻した場合、同時に経営者自身も自己破産を余儀なくされることも非常に多い。つまり、経営者個人が自己破産を避け、円満に経営から離脱するための選択肢は、基本的には他の資本を引き入れて事業を継続させるか、自己資本の範囲で事業を清算するかの二つである。
倒産と自己破産のリスクを許容して経営改善のために全力を傾注し続けるか、円満に経営から離脱することも検討するかの選択は、最終的には経営者自身のリスク許容度に依存する。このリスク許容度に基づいた撤退基準の設定プロセスを紹介する。
(ア) 経営者自身のリスク許容度を把握する
経営者は、自社の経営が失敗した場合を想定して、自分自身がどこまでリスクを許容できるかを確認しておく方がよい。企業経営者自身のリスク許容度については、日本公認会計士協会経営研究調査会研究報告第25号「ベンチャー企業等の再生と撤退について」 の19頁に経営者が自分自身のリスク許容度を定性的に判断するためのチェックリストが掲載されている。
このチェックリストは、性格、健康、資金繰り、事業への取組み、家族関係、利害関係者との関係という6尺度から、経営者のリスク許容度を自ら把握できるように作られている。
経営の失敗が明らかになってからでは、判断は冷静にできないことが多い。成功するか失敗するかわからない段階で、自分自身のリスク許容度はどの程度なのかを確認しておくことが大事である。
なお、この資料の25頁に掲載されている「事業継続する場合、成功したといきの報酬と失敗したときの代償」も考え方を整理する上で参考になる。成功時の報酬は企業の性格によって異なるが、失敗時の代償や早期撤退時のメリットは、ベンチャー企業でも中小零細企業でもあまり変わらない。
(イ) 会社資産を時価ベースで見直す
会社を清算する際には、原価ベースで作られている貸借対照表を時価ベースに置き換えて、清算貸借対照表を作成する。事業を収束させる以上、当該事業において発生した負債は何らかの形で処理しなければならない。このため、清算貸借対照表を作成し、債務処理の手法を検討するのである。
個人的には、年1回程度会計事務所と相談し、会社資産を時価ベースで見直し、現段階で会社が清算のやむなきに至った場合は、手元資金で清算が可能か確認しておく方がいいと考えている。経営者に万が一のことがあった場合に、このような事前検討が行われていると判断を迅速に下すことができる。
もちろん大幅に資金不足が発生している場合は、借入、経営者一族からの資本注入、保険、事業売却などの対応手法を検討しておかなければならない。
(ウ) 専門家と相談する
経営者が社内で相談相手を見つけるのは難しい。また、経営者どうしの付き合いの中で相談しても適切な回答が得られるとは限らない。やはり経営に関する相談は、企業のマーケティング、財務、税務、労務管理など様々な分野の信頼できる専門家に依頼する方が適切な結果が出やすい。
先に紹介した清算貸借対照表の作成を依頼する段階で、公認会計士や税理士などの会計専門家には相談することになる。一般的に中小企業の経営者が相談する相手の第一は会計専門家であることが多く、そこから専門家を紹介してもらうことが多いと考えられる。助成金申請であれば社会保険労務士、不動産価値の客観的な評価であれば不動産鑑定士といった具合である。
(エ) 撤退検討基準を設定する
これまで紹介してきたようなプロセスの中で、どこまでの被害が生じたら経営者のリスク許容範囲を超えるのかを明らかにした上で、このような事態が発生したら撤退を検討するという撤退検討基準を事前設定することも考えたい。
ある生コンメーカーでは「設備新設のための投資は行わない」という方針を決めており、設備が修理不能な被害を受けた場合は、原則として事業撤退するとしている。
このメーカーは、建設業の子会社であり、グループ全体でみると他の収入源が見込めることから、設備が修理不能な程度の被害を受けた場合は、生コン業務は当面中止し、建設業で急増する作業員需要に生コンを担当している従業員を振り向けることを決めている。設備が修理不能な程度の被害については、事前に設備メーカーに確認し、経済的全損と同社が判断する基準を事前に定めている。
5)プラスワンの視点
現在単独で事業を行っているアウトの事業者においても、生コンクリート製造業の厳しい事業環境と長期的な動向を考えると、長期的な事業継続を図る観点で、協同組合への加入は検討の余地が十分にあると考える。
また、協同組合に加入しないとしても、合併などにより、工場を複数保有する形に事業構造を変革することは事業継続の可能性を高める。複数の事業拠点を保有しているのであれば、ある拠点が被災しても、別拠点からの支援により事業継続をより確実なものにできるからである。
加えて、周辺の他事業への進出も検討していく必要がある。例えば建材、リサイクル材、コンクリート二次製品など周辺業種で扱う商材の販売を少しずつ取り扱う事例や、JIS規格の枠内においてコンクリートに混和する材料を見直して、コンクリートの強度や作業性を改善する事例もある。
また、コンクリート関連の技士を雇用していることをチャンスとして、コンクリートに関する検査業務を開始するような事例もある。常に状況の急変に備えて、異なる収益源を複数確保しておくことがより難局に対しても柔軟に対応できる力(ビジネスレジリエンシー)の獲得に向けて重要だと考える。
6)参考とするべき資料
基本的な文献としては、第一回で紹介したもののほか、以下のとおりである。
公益社団法人日本コンクリート工学会「東日本大震災~コンクリートにできること~ 」(コンクリート工学 50 巻 (2012) 1 号)
i)この調査は、経済産業省中小企業庁が毎年行う中小企業の実態調査である。http://www.chusho.meti.go.jp/koukai/chousa/kihon/
ii)この資料は、日本公認会計士協会の会長諮問機関の一つである経営研究調査会が作成した資料である。
https://jicpa.or.jp/specialized_field/publication/files/00158-000255.pdf
(了)
中小企業のBCP見直しのポイントはここだ!の他の記事
- 第3回 生コンクリート製造業(下)~協同組合と連携する場合~
- 第2回 生コンクリート製造業(上)~災害復旧に大きな役割を果たす生コン。BCPの課題は?~
- 第1回 設備工事業の場合 ~元請け、協力企業の両面から考える~
おすすめ記事
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方