気象庁:台風第11号の進路予測図 2022年9月2日時点

日本の気象庁は、台風や台風に発達する見込みの熱帯低気圧について現在5日先までの予報を提供しています。2019年までは3日先までの予報しか発表されておらず、熱帯低気圧の情報に至っては2020年までは24時間先までしか提供されていませんでした。このため、5日先の情報が入手できるようになったことは大きな一歩であったのですが、「もっと先の予測があればぜひ参考にしたい」と思われている方も多いかもしれません。そのようなニーズを満たすために、報道機関や民間気象会社などは海外の気象機関による台風予測の結果を紹介する形で5日先以降の傾向を示す例があります。2022年台風11号の際にもそうしたニュースや配信記事を見かけました(下図参照)。こうした場面で引用される図にはアンサンブル予報と呼ばれる手法で導き出された予測が反映されています。そこで今回の記事では、アンサンブル予報に関する基本的な知識をまとめていきます。また、海外の台風予測を自分で確認できるウエブサイトの例として、GPV WeatherやReal Time Tropical Cyclonesを紹介します。

画像を拡大 図1:中国放送の作成した記事によって紹介されていた海外の気象機関による台風予測
(出典)Yahoo!ニュースより

アンサンブル予報とは

台風の予測ではアンサンブル予報という手法が採用されています。気象庁の説明によればアンサンブル予報とは「わずかに異なる複数の数値予報を行ってその結果を統計的に処理することで、不確定さを考慮した確率的な予測を可能にするもの」を意味します。順を追って簡単に説明していくと、まず数値予報とはコンピューターを走らせて数時間や数日後の大気の状態などを計算していく仕組みのことです。コンピューター上に大気中の物理現象を再現したシステム(数値予報モデルと呼ばれるもの)を準備し、実際に観測されたデータなどを初期値としてインプットすることでこれから先何が起こるかに関する予測をアウトプットとして得ていきます。

しかしこの数値予報にはいくつか欠点があります。まずは数値予報モデルがどこまで実際の現象を再現できているかという問題があります。さらに、初期値として与える観測データの不足などによってアウトプットの質も変わってきます。また、実際に大気中で起こっていることと初期値の間にわずかなずれがあるだけでも、先の時間になればなるほど実際に展開している状況と数値予報モデルで描いた状況が大きくずれていくこともあります。

このような欠点を補う目的で導入されているのがアンサンブル予報です。アンサンブル予測では、数値予報モデルに与える初期値に予め誤差を設定し、初期値Aに基づいた予測A、初期値Bに基づいた予測B、初期値Cに基づいた予測C・・・といった具合に複数の予測を計算していきます。これらの計算結果を並べていくと、初期値が違っても同じような傾向を予測する場合と、バラバラの予測が出る場合があります。例えば下の図はさまざまな初期値をもとに台風の予測を行った例です。図の中の細い線は一つ一つの初期値に対応した予測を示し、太線が実際の台風の経路を表しています。図の左側の方は初期値が違っても大体同じ経路を予測していたのに対し、図の右側では初期値の違いによって行き先が北から西方向まで非常にばらけています。

画像を拡大 図2:アンサンブル予報による台風の予測がまとまっている場合(図左側)とばらけている場合(図右側)の例。細い線は個々の予測、太線は実際の台風の経路を示す
(出典)気象庁作成の資料より https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/yohkens/24/chapter6.pdf

アンサンブル予測を見て情報を読み取る場合には、各予測のばらつき(スプレッド)が大きいか小さいかに注目します。ばらつきが小さくまとまっているとき(上の図の左側)は統一的な見解が出来上がっているイメージで、より信頼度が高い情報であることを示します。逆にばらつきが大きいとき(上の図の右側)にはどこに台風が向かうかはっきりしないので、予報の不確実性は高く、信頼度が低いものになります。

アンサンブル予報と台風の予報円

アンサンブル予報で用いられる初期値を変えた個々の予測は「メンバー」と呼ばれます。そうしたメンバーごとの予測のまとまりやばらつきを分かりやすく表現するために用いられているのが台風の予報円です。

台風の予報円は、台風の中心が70%の確率で入る可能性がある領域です。実際の台風でアンサンブル予報と予報円の関係を見てみましょう。

下の図は2019年の台風8号、9号、10号の予報円(点線の丸)とそれぞれの台風に対応するアンサンブル予報のメンバーを並べたものです。図の右側にあるアンサンブル予報の中で最もばらつきが小さいのは台風8号です(図右側の上段)。この先の台風の進路に関して信頼性が高いので、それに対応して図左側にある予報円も一番小さく表示されています。台風9号(図右側の中段)の場合、各メンバーの予測を見ると最初は皆同じような傾向を示していますが、その後花束が広がるように計算結果がばらけています。このため、目先の予報円は小さいものの、先の時間になると予報円は大きくなっています。台風10号(図右側の下段)の場合はどうでしょうか。これは目先の時間帯に近いところから各メンバーがさまざまな予測を弾き出しています。こうした場合は台風がどこに向かうか絞り込めないため、目先の時間帯から予報円が大きく表示されます。

画像を拡大 図3:2019年の3つの台風に関する予報円(図左側)とアンサンブル予報による予測(図右側)を対比させたもの。メンバーのまとまりやばらけ具合によって予報円の大きさが異なっている
(出典)気象庁作成の資料より https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/expert/pdf/r1_text/r1_typhoonyohouen.pdf