山の夜は宿泊者同士の行きずりの交流も単独行の魅力の一つ(イメージ:写真AC)

■昔の山は良かったねえ

ハルトのような単独行者が山小屋に泊まった時の大きな楽しみは、他の登山者からいろいろな山の体験談を聞けることです。ハルトがまだ登っていない山の雰囲気やルートの状況などを聞いたり、ハルトが登った山やルートの体験を他の登山者と共有したりするのもまたよし。そして、とくに年配の登山者から昔の山の話を聞くことも、なかなか味わい深いものだと考えています。

今回ハルトは蓼科山麓のとあるヒュッテに宿泊しています。夕食のあと部屋に戻ると、たまたま同宿になった単独行の2人と車座になってよもやま話に興じていました。

単独行の一人は古くから山歩きを趣味にしてきた御歳72歳のAさん、もう一人は定年退職して5年目というBさんです。食事中はどの山はああだ、どのコースはこうだと各自の評論話で盛り上がっていましたが、今は少しシリアスといおうか、ある意味社会論的なテーマに話題は移りつつあります。

山の昔話を語り合うのもまた一興だが(イメージ:写真AC)

Aさんがため息交じりにつぶやきました。「昔の山は良かったねえ」。Bさんもうなずきます。「昔はもっと自由でのびのびしていたな。登山道も山小屋も今ほどきちんと整備されておらず、なんかワイルドな雰囲気があったね。昔インディージョーンズという冒険映画があったでしょ。まさにあの雰囲気さ。わしが盛んに登っていたのは1970~80年代の頃で、山にもどんどん新しい考え方や流行が入り始めた時期でもあるんだが、ちょうどその初期の山を楽しむことができたのさ」

■1泊1万円超の時代到来

山は今の姿が当たり前と考えているハルトには、Aさんたちの言うことがあまりピンと来ません。「昔は自由だったということは、今は少し窮屈になったということかな。どんな感じが昔に比べ窮屈なんですか?」と尋ねてみました。

ノスタルジックな雰囲気に誘われて(イメージ:写真AC)

Aさんは淡々と答えます。「例えば、これはとくに南北アルプスなどの有名な山でのことなんだが、山小屋のルールが過度に几帳面で徹底しているね。ある山小屋に泊まった時、あまりに大部屋が混んでいて蒸し暑いから、玄関脇のスノコの上でごろ寝してたんだ。そしたら自分の孫ほどの歳の従業員さんに、そこで寝てちゃダメでしょ!と叱られちゃったよ」

「いや、それは当たり前でしょうが」。Bさんがツッコミを入れます。

今度はBさんです。「山小屋について昔と違うことと言えば、今は宿泊料金がエラく高くなったことかな。人気のある山域では今や1泊1万円超の時代だよ。年金生活の僕らにはちょっとつらい。昔は安給料でも抵抗なく泊まれる料金だったんだけどな」

ハルトはここにきて冷静に反論します。「でも、今は物価も上がっているし、登山道の整備やヘリコプターによる荷揚げ、環境にやさしいし尿処理設備、栄養のバランスを考えた食事など、いろいろお金がかかっているからだと思いますよ。昔はそうではなかったでしょう」